老人応援物語、ここにあり・・・【情熱的読書人間のないしょ話(495)】
明治14(1881)年に刊行された鍋田玉英の『怪物画本』の「野寺坊(のでらぼう)」は、廃寺の鐘を鳴らすという一風変わった妖怪です。不思議なことに、安永5(1776)年刊行の鳥山石燕の『画図百鬼夜行』にも、全く同じ構図の「野寺坊」が存在しています。
閑話休題、『のっぴき庵』(高橋洋子著、講談社)は、老人応援物語というか、現代版忠臣蔵というか、私たち老人を励ましてくれる、今時、珍しい小説です。
狂言回しの今村富夫は、忠臣蔵で言えば、赤穂浪士の吉良邸討ち入りを経済的に支えた天野屋利兵衛の役回りです。55歳の富夫は、成功した人気ラーメン屋として稼いだ財産を投入し、伊豆半島突端の下田駅からバスで30分ほどの所で老人ホームを運営しています。この老人ホームは、特殊なホームで、リタイアして仕事のない俳優ばかりを引き受けています。現在の入居者は、70代の脇役俳優だった8人と、脇役女優だった2人ですが、いずれも、のっぴきならないところまで来ているということで、「のっぴき庵」と名づけられているのです。
そこへ、彼らと同世代で、かつては大スターだったが、全財産を失ってしまった英幸二が加わります。
元役者というだけあって、一癖も二癖もある面々が次から次へと巻き起こす騒動――脇役俳優Aの突然の失踪、女優Bの唐突な結婚宣言、脇役俳優Cの人生初の熱愛――が語られていきます。忠臣蔵で言えば義士銘々伝といったところです。
最終章に至って、「おれたち、毎日、無難に暮らしてるけどさ、人生、半ばあきらめて、終着駅を待っているようなもんよ。役者としては、たしかに失敗したさ、おれたち、みーんな」と、人生に見切りをつけていた皆に、思いがけないチャンスが訪れます。これは、忠臣蔵で言えば、吉良邸討ち入りで本懐を果たすという大詰めと言えるでしょう。
「俳優さんというのは、世間に揉まれてない、と言われればそれまでです。常識知らず・・・とか言われてますよね。でも役者は、無性に孤独で、淋しがり屋で、要領よく生きられない人が多いんですよ・・・だけど、人一倍、やさしいんです。何かこう、あったかいものが、あるんです」という富夫の台詞に、女優でもある著者の役者への思いが籠もっています。