何とも言えないペーソスが漂う小説だが、結末には、のけ反った・・・【情熱的読書人間のないしょ話(629)】
熱帯魚の水槽は、もう正月の装いです。図書館の入り口には凧が飾られています。空も正月を迎える準備を進めているのでしょうか。ここにも、ハシブトガラスの巣がありました。因みに、本日の歩数は10,794でした。
閑話休題、私たち夫婦は、とぼけた味わいの語り口のつぶやきシローの密かなファンです。そのつぶやきシローの小説『私はいったい、何と闘っているのか』(つぶやきシロー著、小学館)を読んでみました。
小さな地方スーパー・チェーンの支店に勤めて25年、主任の「私」・井澤春男、45歳が主人公です。周囲の誰彼のためによかれと思って、皆に知られないように内密でいろいろと努力を重ねるのですが、どれもこれも散々な結果に終わってしまいます。井澤は、仕事に対する責任感・使命感は強いのですが、人が好いというか、脇が甘いというか、ピントが少しずれているというか、要するに、どこにでもいそうな平凡な中年男です。その上、こうしたらこうなるだろう、そのときはこういう態度を取ろうと、妄想が頭の中で渦巻いてしまう傾向があります。
「私もそっちに行くべきであろうか、今からでも間に合うか、いやもう遅いだろう、二人と一緒に玄関へ行っておけばよかった、完全に行くタイミングを失った。いつもそうだ、帰るタイミング、電話を切るタイミング、プロポーズのタイミング、いろんなタイミングの取り方が下手なのだ」。
「ウソをつくな。迎合しただけじゃないか。初めて会った娘(長女)の彼氏に、年収や若さや何もかも敵わないと思って、媚びただけだよ・・・情けない。同じ男として、家族に恥をさらしたくないから逃げたんだよ。いい父親でも何でもないよ、何もできなかった父親だよ・・・悔しい。まずい、泣きそうだ。香菜子(次女)がはしゃいでいる、みんな祝福ムードなのに、涙が出そうだ」。
「家の明かりの数だけ幸せがあるのなら、家の明かりの数だけ悩みもある」。
「私は一度部屋を出てトイレの個室に腰を下ろした。そして考えた。あんなに(年下の)西口店長が担がれているのも私の極秘プロジェクトのおかげだ。じゃあいいじゃないか。私のおかげで西口店長はみんなの人気者になったじゃないか。極秘なのだから誰も知らない、知っているわけがない。じゃあ何なんだこの気持ちは。何だ、見返りが欲しいのか。伊澤副店長が人間関係もすべてまとめていたんですね、さすがですって誰かに言ってほしいのか」。
「店長になったら変われるかもしれない。いや、変われる。周りの私を見る目が変わるのだ。別に偉ぶりたいわけでも、横柄になりたいわけでもない。細かいことに一喜一憂するのではなく、もっとどっしりと構えてみたいのだ。ちょこまかと余計なことは考えず普通でいたい。正直言うと、気を使う側でなく、使われる側になりたいという願望も少しはある」。
何とも言えないペーソスが漂う作品ですが、最終ページの最後の1行には、思わず、のけ反ってしまいました。
読み終わって、芸人・つぶやきシローだけでなく、小説家・つぶやきシローのファンにもなってしまった私なのです。