江戸の庶民は、背負うものが少なく、必要最小限のもので暮らしていた・・・【情熱的読書人間のないしょ話(659)】
散策中、樹上のアオサギ、藪の中のコザギ、水面のダイサギという3種揃い踏みのシーンに遭遇しました。ダイサギが小魚を捕らえた瞬間をカメラに収めることができました。因みに、本日の歩数は13,930でした。
閑話休題、『江戸へおかえりなさいませ』(杉浦日向子著、河出書房新社)は、江戸時代、江戸人をこよなく愛した杉浦日向子の江戸に関するエッセイ集です。
杉浦は、江戸人の生き方の明るい面も暗い面も、表も裏も知り尽くした上で、彼らに温かい眼差しを注いでいるのです。
「江戸の人達に共通に言えることは、私たちよりはるかに楽に生きて、楽に死んでいったのではないかということです。背負うものがとても少なく、必要最小限のもので暮らし、ものを持ち過ぎない。交遊関係もごく狭い範囲で少数の大切な人達に囲まれて一生を過ごす。病や死を恐れず受け入れて、病むべきときは病むが良き、死ぬべきときは死ぬが良きという死生観。衣食住、すべてが八分目。足りない二分をどう工面するかに頭を働かせ、他から借りたり、代用品で済ませたり、我慢したり。こうして二分の足りないところを毎日補っていたのです。・・・夜布団の中に入って『やれやれ一日終わったぞ!』と安堵する。江戸の人達の考え方はまさしく諦観なのです。それは絶望ではなくて、潔さの諦めです。隣の人の生活レベルに満たなくても恥ではないのです。相対的な価値観ではなく絶対的な価値観しか存在しない、偏差値がないので他人の暮らしがうらやましくないのです」。この杉浦の評価を聞いたら、江戸の人たちは喝采したことでしょう。学者たちの論文よりも、江戸の庶民の本質を衝いていると考えます。
「私は34歳のときに『隠居宣言』をしました。仕事は極力セーブして週に3日以上働かず、4日は休むことにする・・・。月の半分も働けば、何とか生活ができた江戸の暮らしに似ています。隠居をするには、ある程度の決意が必要です。まず第一条件は家族がいないこと。・・・生活のうえで衣食住のすべてを縮小しました。洋服はたくさん持たない。古着を着まわす。冷蔵庫が壊れたらどんどん容量の少ないものに買い替えていく。テレビも小さいものにしていく。できるだけ部屋数が少ないところに引っ越す。人にお金は貸さない、もちろん借りない。・・・雲の流れを見ているだけで退屈しません。・・・素隠居で一生の目標は道楽です。『道に楽しむ』のが道楽。私にとっての道楽は酒、蕎麦、湯。案外、江戸の人たちのように、身近なところに幸せを求めると、楽に生きていけるのかもしれません」。杉浦の本音は、江戸時代にタイム・トラヴェルして、江戸の人たちに交じって暮したかったのかもしれません。
「いい浮世絵を愉しみたい向きには、いつだって原宿を薦める。太田記念美術館。取って置きの『好い店』だ。・・・収蔵品の質の高さはもちろんだが、浮世絵を飛び切りウマク見せてくれる。ここに連れて行けば、それまで、それほど浮世絵に興味がなかった手合いでも、たいてい浮世絵が好きになる事は言うまでもない」。太田記念美術館は私も大好きで、同館所蔵の葛飾応為の「吉原格子先之図」が展示される日を心待ちしているところです。