家庭小説であり、財テク小説であり、人生論でもあるという不思議な作品・・・【情熱的読書人間のないしょ話(736)】
東京・杉並と中野の区境を巡る散歩会に参加しました。手前の善福寺川が向こう側の神田川に合流する地点です。神田川を鯉幟が勢いよく泳いでいます。大きなコイがたくさんいます。コサギが遂に小魚を捕らえました。夕陽を眺めながら帰路を辿りました。
閑話休題、『老後マネー戦略家族(ファミリー)!』(松村美香著、中公文庫)は、一風変わった小説です。
定年が近づき、左遷された父、夫の異動をきっかけにパートとして働き出した母、鬱病になり銀行を辞め、引き籠もり状態の息子、就職活動中の娘――山田家は老後や将来への不安から揉め事が絶えません。
紆余曲折がありますが、目標額3,000万円に向かって、団結した家族の奮闘が始まります。
「世の中は努力よりも運が人生を左右する。誰のうちに生まれるか。どこの場所に生まれるか。初めの一歩が公平ではない。努力する機会は均等ではない」。
「50代はまだ人生の半ばを少し過ぎたばかりである。固定観念にしがみついていては、この先の長い余生を有意義に過ごすことはできない」。
「成りたい職業を夢とするのもいいかもしれないが、どんな人間でいたいか、どんな人間になりたいかってのも夢かもしれないな。人生90年の時代で、20歳から還暦までの40年間の職業が必ずしも一生ついて回るわけではない。退職したら関係ない。老人ホームに入れば、会社での肩書きがかえって邪魔なこともある。最後は、心優しい人であれるかとうか、かもしれない」。
「そうだ、お前、悲観は気分、楽観は意志って言葉を知っているか?」、「フランスの哲学者アランが書いた幸福論にある有名な言葉だ。人間は成り行きに任せると気分が滅入り悲観主義に陥ることが多い。一方、楽観主義は、その人の意志によって生み出されるという。お前も・・・志があれば、きっとうまくいくさ」。
「専業主婦だった陽子の生活はこの1年で随分変わった。パートに出て、ボランティア登録し、財テクを始めた。どれもこれも初めてのことばかり。有閑マダムの転落とも言えるが、新たな挑戦と考えれば意外に新鮮な喜びが多かった。老後の人生は長い。できることをやっておかないと将来の見通しが不安になる。今は、お金を稼いで、貯めて、増やす。目に見えてお金が貯まると、財テクが生き甲斐にも思えてくる」。
「陽子が目指すのは老後資金である。勝たなくてもいい。負けないことが重要だ。『ちょっとお得』を目指して資産を運用するのが陽子の作戦だ。まずはその資産を貯めることから始めよう」。
「やってみなさいよ。人生は一度しかないから何でも挑戦しなくちゃ」。
「そうそう。お義姉さん、健康寿命についてよく考えるんですって。寿命に好影響を与えるのは運動、栄養、社会参加の3つだと言われているらしいけど、ねぇ、一番効果があるのってなんだと思う?」、「栄養はあまり効果がないらしい。一番重要なのは社会参加だっていう調査結果があるんですって」。
「結局人生は面白いかどうかが重要でしょ?」。
「未来は快晴ばかりではありません。でも、お金の知識を持ち、自分で自分を守ること、家族を守ること、地域を守って元気にして行くことを皆さんと一緒に考え、勉強していくつもりです。それを子供たちに伝えることで、彼らが自分の夢を追いかける基盤ができればと思います」。
家庭小説であり、財テク小説であり、幸福論・人生論でもあるという、本当に不思議な作品です。ただ、左遷で傷ついている人、働きに出ることに踏み出せない人、引き籠もりで悩んでいる人、老後に不安を感じている人――に勇気を与えてくれるのは間違いありません。