井上ひさしの体験を踏まえた人生訓が心に沁みてくる・・・【情熱的読書人間のないしょ話(852)】
散策中、ヒグラシとアブラゼミの横顔(?)の写真を撮ることができました。群生しているハツユキソウの花の蜜を求めてツマグロヒョウモンの雄が飛び回っています。そこにヒメアカタテハの雄もやって来ましたが、どういう生活を送ってきたのか、翅がボロボロです。因みに、本日の歩数は10,946でした。
閑話休題、『夜中の電話――父・井上ひさし 最後の言葉』(井上麻矢著、集英社インターナショナルナル)は、肺がんで死期が近づいたことを自覚した井上ひさしが、劇団「こまつ座」を託した末娘に夜中にかけ続けた電話の内容をまとめたものです。
「私はけっしていい娘ではなかった」。「15年間、父との確執が続いて、最後の最後に和解がきた」。「(父と心が通い合ったのは)数えるほど。父は私にとってはずっと冷たい森の住人で、そこで戯曲や小説を書いて暮らしていた。その森の住人が、私に必死で教えようと、明るい日向に出てきてくれた時のことを、本にまとめてみたいと思った」。「命を削って、毎日のように夜中に電話がかかってくる。必死で伝えてくれた。それを思うと、父がくれた電話の一つひとつが、命の会話だったと気づかされる」。
夜中の電話で、父が娘に伝えたかったことが77挙げられています。
●人生はなるべくシンプルに生きる。複雑にしてはいけない。複雑になっていると感じたら、どうしたらシンプルになるか考える。
●人間は誰でも頭の中にやっかいな不安の虫を飼っていて、それが暴れ出して、不安を作り出す。その虫を飼い慣らして、騒ぎを抑えること、人生はその連続。
●自分という作品を作っているつもりで生きていきなさい。
●幸せの形はそれぞれ違うものであり、実はささやかなことだ。
●背筋がまっすぐな女性になってほしい。コスモスの花のように風に揺れているけれど、根はしっかりしているような女性に。
●何かにとりかかる前に脳みそがおかしくなるくらい考える。考えて考えて、これ以上は考えられないと思って進みだしたらもう考えない。
●いつもなぜ? そう問い続けていること。
●むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと。
●悪いことばかり考えて進むと、必ずそちらに傾いてしまう。絶対に成功すると信じること。
●生きていくために必要なのはバランス。バランスがいい人になるように心がける。
●一番大事なのは、想像力。相手の立場になって考える癖を徹底的に身につけること。
●20歳までに、世界の名作をしっかり読んでおくこと。
●笑いというのは財産である。
●自分の中に『人間としてのルール』を作る。自分を律するルール。
●大事なのは、後始末。
●種を蒔くこと。たとえ今、芽が出なくても、ひょんなことで花を咲かせる。
●どんな仕事も一個一個片づけていけばいい。
●朝、目が覚めた時、『眠いし疲れているけれど、今日も一日がんばろう!』と思えないのであれば、今の生活、どこかで自分に嘘をついて我慢している。その我慢がどこにあるのかを逃げないで見つめること。
●人の批判は自分を律するいい機会。むしろ観察するつもりで聞いておいて損はない。
●プロデューサーは3年先を見てものを決める。だから勉強して、いろいろなことに精通していなければ、間違った決断をすることがある。
●仕事に出かける前に、『今日はこのために行く』と確認して出かける。なんとなく仕事をしない。なんとなく行ってしまうと、自分の立ち位置がわからない。立ち位置がわからないと、必要以上に笑ったり、ごまかそうとしてしまう。
●何事も基本形を作ることが大事。
●新しいものを古く、古いものを新しく。
●仕事は先手。後手に回ったらかき回される。
●過去(整理)現在(対応)未来(希望計画)というタイムスケジュールを整理する。
「麻矢くん 私ももう満74歳、自分の人生を(できれば円満に)閉じなければならない年令になりました。どうか自立してください。自分の将来・未来は自分で築き上げるしかありません。こまつ座で生きるには、こまつ座をいい会社にするしかありません。財務の立場から、こまつ座を冷静に見て、その上で、他の皆さんと冷静に話し合って・・・たいへんだと思いますが、がんばってください。こまつ座そのものも『自立』する必要があります。自立って、ほんとうに大変です。ひ」。ひさしは75歳で亡くなりました。
その作品に止まらず、その生き方も引っくるめて、私が尊敬している日本の現代作家は、松本清張と井上ひさしです。ひさしの体験を踏まえた人生訓が心に沁みる一冊です。