病を進化の観点から考えると、理解が深まり、新しい治療法が見つかる・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1151)】
あちこちで、白いムクゲ、薄紫色のムクゲ、赤紫色のムクゲが咲き競っています。橙色の花を付けたノウゼンカズラを見かけました。我が家のアメリカノウゼンカズラとよく似ていますが、ノウゼンカズラは花が大きく花筒がやや短めで、アメリカノウゼンカズラは花が小さく花筒が長いので、見分けることができます。因みに、本日の歩数は13,019でした。
閑話休題、『人類の進化が病を生んだ』(ジェレミー・テイラー著、小谷野昭子訳、河出書房新社)は、進化医学という立場からの、現代医学の主流的な考え方への異議申し立て書です。
進化医学は、このように説明されています。「第1に、進化は健康ではなく生殖の成功を最大化するよう働く。したがって、生き物は『引き換えの代償と制約をたくさん抱えた妥協の産物の集合体』と考えるべきである。第2に、生物学的進化は文化の変化と比べて圧倒的に遅い。そのため、環境の変化に身体が追いつかないというミスマッチが病気を引き起こす。同じように、病原体の進化速度は私たちのそれよりずっと速いので、感染症はいつも私たちを出し抜く。第3に、ヒトの病気の大半は欠陥遺伝子が引き継がれることで起こるという考え方は基本的に間違っている。むしろ、遺伝子バリアント(DNAのスペル違い)の多くはそれ単独ではなく他の遺伝子や環境と相互作用して病気を引き起こす。つまり、病気も体調不良も人生において不可避な現実の一部で、予防しようと思ってできるものではない」。
「進化医学は人体をこれまでとは異なる視点で見ることに気づかせ、病気に対する世間の思いこみをしばしば正してくれる。身近で単純な例として、感染症になったときの発熱の役割がある。風邪をひくと体温が上昇する。ふらふらになって日々の仕事がこなせなくなると困るので、私たちは熱を下げようと風邪薬を飲む。しかし、発熱というのはじつは、人体を病原体にとって居心地の悪い環境にするために進化した巧妙なメカニズムだ。なぜなら病原体は人体の体温より低い温度を好むからだ」。
著者は、本書で、疾病――自己免疫疾患とアレルギー、不妊症、腰痛、目の疾患、癌、心臓病、アルツハイマー病――の本質に進化が関係していると訴えたかったのです。疾病を理解し治療法を見つけるためには、視野を広げて、進化の観点からも考えてみようという呼びかけです。
癌について考えてみましょう。「過去20年で、進化生物学は癌研究に急速に流入した。癌の進化を学んだ科学者は、癌を一つの生態系ととらえている。無数の遺伝子多様性をもつクローン(DNA分子が均一な細胞群)が集まった小生活圏、というわけだ。クローンどうしは生き残りをかけてしのぎを削る。自然界で動物種や植物種が生存競争をするのと同じだ。自然界の生存競争では気候や食料その他が選択圧となって個体間に差異が生じ、その結果、進化が起こる。癌細胞のほうも食料と酸素を求めて争い、私たちの免疫系や抗癌剤治療に抵抗するための差異を獲得する。こうした選択圧を生き延びた癌細胞クローンは生態系の優先『種』となる。遺伝子異質性は癌の悪性度に比例する。腫瘍の遺伝子異質性が高いほど、つまり腫瘍を構成する癌細胞クローンに遺伝子のバリエーションがたくさんあるほど、根絶するのは困難となる」。癌細胞は絶えず進化しているというのです。
訳者の後書きに分かり易い譬えが記されています。「進化の観点で考えるとは、具体的にはどういうことだろうか。たとえば、抗生物質の効かない耐性菌の出現については、いまでは多くの人が進化の観点で理解するようになった。単細胞生物である細菌は自身の遺伝子を絶えず変異させていて、たまたま抗生物質に抵抗できる変異を得た個体は生き延び、勢力を広げる。では、癌についてはどうだろう? 私たちは癌という病気を、なんとなく、一つの悪い細胞が2倍、4倍、8倍と同じコピーを増やしていくという単純なイメージだけでとらえていないだろうか。ここで、癌についても進化の観点で考えてみよう。癌細胞も細菌と同じように、自身の遺伝子を絶えず変異させてその性質を変え、あなたの体という生態系の中で生き延び、勢力を広げようと奮闘している。あなたが癌を抗癌剤でやっつけようとすればするほど、癌のほうは自身の遺伝子を引っかき回して変異の試行錯誤をする。抗癌剤でいったん治ったように見えても再発したという場合、その患者の癌細胞は変異の当たりくじを引いたと考えるべきなのである」。
知的好奇心を掻き立てられる一冊です。