本書を読んで、梯久美子がますます好きになってしまいました・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1201)】
リフトに乗って辿り着いた標高1350mの群馬・玉原(たんばら)高原は、紫色のラベンダーが爽やかに香り、涼やかな風が吹いていました。赤いサルビア、黄色いマリーゴールド、白いアナベル、黄色いヒマワリなどが咲き競っています。アニマル・トピアリーのキリンの親子とサイがいます。因みに、本日の歩数は11,853でした。
閑話休題、『好きになった人』(梯久美子著、ちくま文庫)は、梯久美子のエッセイ集です。
「宮城さんと西銘さん――沖縄戦跡紀行」には、こういう一節があります。沖縄戦で看護学徒として最前線に動員された宮城巳知子さんの話です。「そんな壮絶な話をするときも、きりっとした口調を崩さなかった宮城さんが、涙声になったのは、負傷兵を背負って壕から壕へと移動する途中、離ればなれになっていた同級生と偶然会ったことを話してくれたときだった。その同級生は、膝から下の肉がちぎれて骨が見えていた。それでも一人で歩いていたという。とどろく艦砲に追われ、『戦争が終わったら会おうね』と言って別れたが、二度と会うことはなかった。どこでどのように亡くなったのか、いまもわからない」。戦争の悲惨さがひしひしと伝わってきます。
「手紙の力――栗林中将と管野スガ」の管野(かんの)スガの手紙には、深く感動しました。「100年前に死んだ女性革命家の手紙を手にとったのは、この夏のことだ。1910(明治43)年、天皇暗殺を計画したとして、幸徳秋水ら社会主義者がいっせいに検挙された。世にいう大逆事件である。翌年12名が死刑となったが、現在では事件の多くの部分が政府当局によるでっちあげだったことがわかっている。死刑になった社会主義者の中に、ひとりだけ女性がいた。もと新聞記者でクリスチャンの管野スガ、29歳。首謀者とされた幸徳秋水とは、ともに暮らす恋人同士だった。秋水は事件に無関係だったが、社会主義者の大物だった彼を当局は首謀者に仕立て上げようとしていた。取り調べを受ける中で当局の意図を察知したスガは、朝日新聞の記者に宛てて、獄中から秋水の無実を訴える手紙を出している。・・・自分の死刑は覚悟の上で、秋水を救うために弁護士をつけてほしいと頼んでいる」。
「手紙の現物は、小学生が習字に使う半紙のような薄い紙だった。一見するとただの白紙で、何も書かれていないように見える。だが光にかざすと、無数の穴が浮かび上がる。針であけたと思われるごく小さな穴で、その集まりが文字を形作っている。つまりこれは、針文字で書かれた手紙なのだ。スガが針文字を使ったのは看守の目をのがれるためだった。・・・スガの願いはむなしく、秋水も死刑となった。ふたりの処刑の日は一日違いで、秋水の翌日、同じ絞首台でスガも息絶えている。・・・すぐには(手紙を)手に取ることができなかった。取り調べの際、スガは拷問を受けていたという。そんな中、どんな思いでこれを書いたのだろうと思うと、死を覚悟した彼女が一文字一文字針で綴った手紙に、無関係な自分の指紋をつけてしまうことはためらわれた」。
「ヌンミュラ、ウシキャク、浦巡り――加計呂麻紀行」には、島尾敏雄の妻・ミホに対するインタヴューの一部が記されています。「島尾の遺骨は故郷の福島に半分納めて、半分は奄美のこの家に・・・私のそばに置いています。それを毎晩抱いて寝ております。・・・私、島尾に話しかけるだけではなくて、島尾の台詞を自分が言って会話したりもするんです。そんなふうに暮らしておりますから、さびしいという気はあまりしません。いまも島尾がそばにいるという感じがいたします」。敏雄の私小説『死の棘』に描かれた夫妻の凄惨な日々の発端が、他の女との情事が記された夫の日記をミホが読んだことにあることを知っているだけに、複雑な感情に見舞われました。
「美人はトク?――かづきれいこさんのメイク」は、美女は得か否かがテーマです。「顔の美醜ということにも、歳をとるにつれてあまり囚われなくなってきた。若いころは『もうちょっとキレイだったら人生が変わったのに!』などとよく思ったものだ。就職だって美人のほうが有利だし、なによりも恋愛(お見合いでもいいが)→結婚という局面で、美人は断然トクをする」。
「しかし、半世紀生きてみて、ほんとうに美人はトクなのか? とも思う。まあ、個々の局面ではトクをするかもしれない。周囲から注目され、ちやほやされ、いい男もゲットできる。でも、美によって人生が左右される年代をほぼ過ぎたいま、まわりを見渡して、かつて美人だった人が幸せな人生を送っているかというと、そうでもないのである。ある年齢以上の人なら、『そうそう、そうなのよね』と同意してくれるのではないだろうか。・・・美しさをよりどころとしてきた人にとって、それが失われていくショックは、精神のバランスを崩してしまうほど大きいのだ」。
「児玉清さんのこと」では、児玉清の人間性が語られています。「対談を終えてもっとも強く心に残ったのは、児玉さんが醸し出していた『あなたのための時間はいくらでもありますよ』という雰囲気だった。・・・なぜかは分からないけれど、一緒にいると気持ちがいい人がいる。何を話したというわけでもないのに、会った後に充実感が残る。それはその人が、目の前にいる相手に、そのときの自分のすべてを惜しみなく差し出しているからだと思う」。児玉のような人間でありたいですね。
本書を読んで、梯久美子がますます好きになってしまいました。