榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

惚れっぽくて、愛する男の意見に強く影響されてしまう女の物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1845)】

【amazon 『可愛い女』 カスタマーレビュー 2020年5月2日】 情熱的読書人間のないしょ話(1845)

ムギセンノウ(ムギナデシコ、アグロステンマ・ギタゴ。薄紫色)、ラナンキュラス(黄色)、マツバギク(赤紫色)、シャクヤク(桃色、黄色)、ボタン(赤色)の花が咲いています。シャクヤクとボタンの花は似ているが、葉で見分けることができます。シロダモの黄褐色の絹毛で覆われた新葉が目を惹きます。

閑話休題、『可愛い女』(アントン・チェーホフ著、神西清訳、青空文庫)を読んで、人にとって幸せとは何かということを考えさせられてしまいました。

「オーレンカという、退職八等官プレミャンニコフの娘が、わが家の中庭へおりる小さな段々に腰かけて、何やら考え込んでいた」と、物語が幕を開けます。

「彼女は物静かな、気だてのやさしい、情ぶかい娘さんで、柔和なおだやかな眸をして、はちきれんばかりに健康だった。そのぽってりしたばらいろの頬や、黒いほくろが一つポツリとついている柔らかな白い首すじや、何か愉快な話をきくときよくその顔に浮び出る善良なあどけのない微笑やをつくづく眺めながら、男の連中は心のなかで『うん、こりゃ満点だわい・・・』と考えて、こっちも釣込まれて顔をほころばせるのだったし、婦人のお客になるとついもう我慢がならず、話の最中にいきなり彼女の手をとって、うれしさに前後も忘れてこう口走らずにはいられなかった。――『可愛い女(ひと)ねえ!』」。

「彼女はしょっちゅう誰かしら好きでたまらない人があって、それがないではいられない女だった。以前彼女はお父さんが大好きだったが、そのお父さんも今では病気になって、暗い部屋の肱掛椅子にすわり込んだなり、苦しそうに息をしている。叔母さんが大好きだったこともあるが、それはときたま、2年に一度ぐらいの割合でブリャンスクから出てくる人だった。それよりもっと前には、初等女学校へ通っていたころ、フランス語の男の先生が大好きだったこともある」。

こういう彼女が、彼女の屋敷うちの離れを借りて住み、中庭で遊園「ティヴォリ」を経営しているクーキンという、背の低い、しなびた男を恋してしまいます。「結婚ののち二人は楽しく暮していた。彼女は良人(おっと)の帳場にすわって、園内の取締りに目をくばったり、出費を帳面にひかえたり、給料を渡したりするのだったが、彼女のばら色の頬や、愛くるしい、あどけない、さながら後光のような微笑みは、いましがた帳場の窓口に見えたかと思うと、次の瞬間には舞台裏に現われたり、かと思うとまた小屋の食道に現われたりで、しょっちゅうそこらにちらちらしていた」。そして、知り合いの誰彼に向かって、クーキンの意見をそのまま受け売りして喋るのです。

二人は楽しく暮らしたが、夫が仕事の旅先で、急逝してしまいます。オーレンカは嘆き悲しむが、埋葬から3カ月後、大問屋ババカーエフの材木置き場の管理を任されているプストヴァーロフという近所の男を恋してしまいます。「プストヴァーロフとオーレンカは夫婦になって楽しく暮した。たいてい彼は昼飯まで材木置場に陣どっていて、それから外交に出かけるのだったが、あとはオーレンカが引受けて、夕方まで帳場にすわり込んで勘定書を作ったり、商品を送り出したりするのだった」。そして、お得意や知り合いの誰彼に、プストヴァーロフの思うこと、考えることそのままを話すのです。

夫婦は互いに愛し愛され、仲睦まじく6年を過ごしたが、プストヴァーロフは風邪がもとで、4カ月寝込んで死んでしまいます。それ以降、オーレンカは修道尼のように引き籠もって暮らしていたが、6カ月後、彼女の離れを借りている獣医を好きになってしまいます。「彼女の言うことは例の獣医の考えそのままの受け売りで、今では何事によらず彼と同じ意見なのだった」。

しかし、この幸福もほんの僅かで終わってしまいます。獣医が連隊について遠くへ行ってしまったからです。

「一ばん始末の悪かったのは、彼女にもう意見というものが一つもないことだった。彼女の眼には身のまわりにある物のすがたが映りもし、まわりで起ることが一々会得もできるのだったが、しかも何事につけても意見を組立てることが出来ず、なんの話をしたものやら、てんで見当がつかなかった。ところでこの何一つ意見がないというのは、なんという恐ろしいことだろう!」。

この後も物語は続くのだが、人にとって幸せとは何なのだろう。私にはオーレンカのような生き方はとてもできないが、夫であれ、妻であれ、愛する伴侶の考え方、行動に寄り添って暮らすというのも、なかなかいいものなのではないでしょうか。