男漁りにうつつを抜かす淫らな醜い妻を持つ男の前に、涼しげで艶やかな美女が出現した・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2127)】
ヒメキンセンカ(ホンキンセンカ、カレンデュラ・アルヴェンシス。写真1)が咲いています。デコポン(写真2)、ナツミカン(写真3、4)が実を付けています。ハボタン、ネギ、ダイコンを見かけました。
閑話休題、短篇集『紫苑物語』(石川淳著、講談社文芸文庫)に収められている『紫苑物語』は、狩りを好んだ国の守(かみ)・宗頼の不思議な体験が描かれています。
「十八歳のとき、宗頼はさる遠い国の守に任ぜられた。あきらかに、これは妻の家の権勢によるはからいと知れた。そして、任地が遠国とさだめられたのは、父のたくらみにちがいないことにやがて気がついた。父の発したことばというのが、どこからとなくつたわって来て、宗頼の耳にもはいった。『宗頼は歌の道にもはずれ、恋の道をも解さぬあさましい無道人じゃ。わしは(歌の)家のほまれのためにあの子を捨てた。もはや顔をも見たくない。都からも追い下そう。所詮このものは遠国にはてるべき身ときわまった』。宗頼の任官とおなじとき、父はあらたに勅撰の集の撰者を命ぜられた」。
「(宗頼の)矢はおのずから発して、その背をつらぬき、絶え入るさけびとともに、男はもはやいのち無きむくろであった。たちまち、そのむくろを刎ねかえして、下から、鹿のとび立つように、赤黒くかがやく女のはだか身がおどりあがった。燃えるばかりの燭の光の中に、宗頼はこの一年のあいだ見ることをおこたった(妻の)姫のはだか身を一目で隈なくそこに見た。これが姫か。たしかに姫ではあった。みにくい顔はあくまでもみにくく、赤黒い肌はあくまでも赤黒く、みだらの性はあくまでもみだらのままに、しかしこの館にあるかぎりのほとんどすべての男の精根を三百六十五夜手あたりにむさぼり食らい、存分に食らいふとり、増長の絶頂、みがきぬかれ、照り出されて、みごとにうつくしい全身がそこにあった。矢は男の背を突きとおしても、姫の胸には刺さらない。いけにえの血はおもうさま盛りあがった乳房をいろどった。姫は四肢ゆたかに、真向に立ちはだかって、これだけは白くにおう歯ならびを光らせて、歓喜の鐘をつくような笑をひびかせた。かつてのきたならしい白痴。そういう影は今やみじんも無かった。代代の名族の血をうけて、ぬくぬくと権門にそだった生きものの、おそれを知らぬ威令がこのはだか身いちめんにあふれ出た。宗頼は不覚にも、たじたじと、あとにさがった」。
4日後の朝、高く切り立った岩山から館に向かう「宗頼は馬を乗りつけて、わずかに(噛みつこうとする)犬を制した。そこに、朝露にふるえて立ったのは、十七にもみたぬらしい、かたちすずしく、あでやかな女であった。宗頼は目をみはった。これほどうつくしいひとを、ここに見ようとはおもいがけなかった」。
「(その美女)千草は宗頼の腕に抱かれたまま、館に入り、室に入り、その夜ついに閨に入った。そして、あくる日は風もなく空は晴れていたのに、宗頼は狩に出ようとはいわなかった。・・・そして、その二日三日がやがて七日ともなり十日ともなるにおよんで、もはや宗頼において狩という考はまったく消えうせたように見えた。宗頼は今までのならわしとちがって、夜はすぐ閨にこもり、朝はおそくおきて、昼もめったに室の外に出ようとせず、みだりにちかづくものがあると、公用のものですら、癇癖つよくこれをしかった」
「千草をこの閨にむかえて、はじめての夜から、かつて(妻の)うつろ姫においてきたならしいとのみおもわれたものは、たちまち生きるにかいあるよろこびにかわった。男女のまじわり。突然そのうつくしい道は宗頼のためにひらかれた。しかも、なめらかな千草のからだの中には、汲めども尽きぬさまざまの妙技が秘めてあって、夜ごとに手をかえ、おもむきをかえて、いのち死ぬまでに宗頼をたのしませた。・・・ただ意にみたないのは、閨には堅く燭が禁じられたことである。衣をぬぎすてた千草のすがたをあからさまに見ようとしても、その願はついにかなえられない。千草は燭をきらい、月の光がほのかにさしこむことをさえおそれた」。
やがて、思いもかけない悲劇的な結末が訪れます。
物語展開が巧みなので、自分が主人公と一体化したかのような錯覚を引き起こす作品です。