榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

どこにでもありそうな市井の男と女の物語を通じて、結婚とは何かを問いかけてくる作品・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2133)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年2月14日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2133)

ツバキ(写真1~4)、サザンカ(写真5)、ニホンズイセン(写真6、7)が咲いています。羽繕いするカルガモ(写真8~11)の光沢のある青い翼鏡が目を惹きます。ハクセキレイ(写真12)をカメラに収めました。

閑話休題、『庄野潤三集』(庄野潤三著、新潮社)に収められている『』は、どこにでもありそうな市井の男と女の物語です。

「まさか主人が不意に家出をしようなどとは、夢にも思いませんでした。私は子供に晩御飯を食べさせてから、二人の手を引いて主人を探しに出かけました」。

「主人は私に(結婚前に、妻がいる小川ベーカリーの主人と秘密の関係があったのは)本当かと尋ねました。私はもうこれ以上嘘はつくのは厭だったので、本当だと云いました。・・・お店の主人は好きでした。しかし、好きなことはどんなに好きでも、一緒に暮したいとは決して思いません。一緒に暮すのなら、今の主人の方がいいのです。火に譬えたら、私の主人は埋めてある火で、あっちはいこった火です。にちにち暮すのだったら、長い間当っていられる方がいい。私はそう思っていました」。

「私が小川ベーカリーに住込で働くという案を出しました時、主人はそんなことしたらよりが戻ると云いました。その時ごたごたするくらいなら、今別れる方がましだと云います。・・・いまの私は、あの頃の私とは変っています。私にはしっかり守らなければならない家庭があります。夫と二人の子供がいます。もしもお店の主人ともう一度何かあったりすれば、これまでの努力もこれからの一生も棒に振らなくてはなりません。でも、主人は、『いや、やっぱり危ない』と云います。焼け木杭(ぼっくい)に火がつくと云います。私がいちばん心苦しく思っているところを突かれると、気が怯みます。たじたじとなります。でも、ここで気を怯ませてはならないと勇気を奮い起して、『来年の三月で私たち七年になるのよ。私がどんな気持でいるか、まだ分ってくれないの。そんなに信用出来ない女に見えるの』と切口上で云いました。主人は何だかつまらなそうな顔になり、黙ってしまいました」。

「二月になれば、私も三十歳になります。もう三十だと思いますし、まだ三十だとも思って居ります。私、五十までくらいには何とかなればいいと思っています。この間も主人が、『正直の頭に神宿ると云うけど、僕らにはなかなか宿らんな』と云いますから、『宿っているのかも知れないけど、あまり感じない神様なのね。軽くてふわっとして』と云って笑いました。今年からは上の子が小学校へ上るので、うかうか出来ませんが、そうなればまた私たちにも励みが出て来ることでしょう。私も一時は死んでしまいたいと思ったこともありましたが、主人が休みごとに(住込先から)帰ってくれるようになりましたので元気を取り戻しました」。

臨場感のある男女間の縺れ話を通じて、結婚とは何か、家族とは何かを問いかけてくる作品です。