謎解きに止まらず、当時の文壇の密やかなバトルも愉しめる、興味深い推理短篇・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2354)】
シュウメイギク(写真1~3)、ホトトギス(写真4、5)、タイワンホトトギス(写真6、7)、ジュウガツザクラ(写真8、9)、コブクザクラ(写真10~12)が咲いています。因みに、本日の歩数は11,442でした。
閑話休題、『中野のお父さんは謎を解くか』(北村薫著、文春文庫)は、大手出版社の編集部員の田川美希が持ち込んだ謎を、東京・中野に住む高校国語教師の父が解くという、安楽椅子探偵小説の連作短篇集です。
さすが北村薫と舌を巻いたのは、松本清張、荒正人、横溝正史、江戸川乱歩らが登場する「水源地はどこか」です。
次の号で企画されている対談「松本清張を語る」には、美希が担当している原島博が登場します。その原島から、美希は気になる依頼を受けます。「『清張先生の<隠花の飾り>に中に<再春>というのが入ってる。目を通しといてくれないか。短いから、すぐ読める。それから、昭和三十三年の<文藝春秋>新年号に載った<春の血>いう作品のコピーがほしい』」。
『再春』は女性作家が主人公となっているが、清張の実体験が描かれていることが分かります。「『思いがけない(荒正人の、その清張作品はトーマス・マン作品の模倣だという厳しい)指摘に、清張先生は衝撃を受けた。二十年の時を経て、ようやく、その時の痛みについて書く気になったわけだ』。・・・『人間というのは、感情を持つ生き物だからね。原作の『春の血』を作中作にしても、ただの回顧談では終わらせない。そういうところまで踏み込み、一瞬、心をひやりとさせる見事な物語に仕上げている。さすがは清張先生だ』」。
「『荒正人は、暮れの雑誌のことを、なぜ、三月になってから書いたか――だ』。『そんなこと、分かるの?』。父は美希に、結び前の文章を示した。荒はいう。清張作品は『スリラー風の探偵小説としては、一応成功しているが、本格探偵小説としては、疑問の余地が残されている』」。
調べが進むうちに、当時の文壇において密やかなバトルが繰り広げられていたことが明らかにされていきます。「『うわああ』。乱歩、横溝、清張。向かい合う剣豪の姿を見るようだ」。
人間清張にも清張作品にも私淑している私にとって、この父親の言葉が救いになりました。「『当時の<宝石>は探偵小説専門誌だったから、本格ファンによる<点と線>否定論は、投書欄にも載っている。――<点と線>の功績は、そんなことなど気にならない人達にまで読者層を広げたことにある。本格ミステリとしては失敗作だが、小説としては優れている。この号の<編集後記>で乱歩は昭和三十三年を振り返り<松本氏の新作風が圧倒的威力を持ち、純探偵作家は色あせて見えたのである>といっている。そういう年だったんだな。・・・いずれにしても、荒正人も松本清張も、この頃すでに若くはない。それでもこうしてみると、まるで青年同士の喧嘩を見るようだ。血気盛ん。――時が経ってみれば、若々しいよさがあるなあ』」。
久々に、読み応えのある推理短篇に出会うことができました。