自分も東海道五十三次を歩いている気分になれる、お得な一冊・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2594)】
ザクロの花(写真1)と萼(写真2)をカメラに収めました。スイカズラ(写真3、4)、クレマチス(写真5~10)が咲いています。
閑話休題、『東海道五十三次いまむかし歩き旅』(高橋真名子著、河出書房新社)は、著者が東海道五十三次を往復歩いた記録を基にしたエッセイです。
「東海道を歩きながら驚き心を奪われたのは、何よりもこの街道に堆積した歴史の厚みだった。五十三の宿場に沿って歩くので最初の関心は江戸時代に向けられるが、歩きながら次々に現れる史跡を辿っていくうち、この街道は戦国時代、鎌倉時代、平安時代はもちろんのこと、有史以前まで遡る日本列島の歴史を有する道、さらにいえば日本の歴史そのものであると思え、東海道歴史絵巻を操るような思いで歩き進んだ」。
●小田原では――。「日本橋から82キロの表示。通しでここまで歩いてきたわけではないが、一歩一歩の積み重ねがこうして数字に表れるのは嬉しい。とはいえ、500キロ近い東海道の6分の1ほどを歩いたに過ぎない。この先には東海道中最大の難関、箱根の峠越えが待っている」。
●箱根では――。「湯坂山が迫るころ、舗装道が石畳道に変わる。あたりはすっかり山中の雰囲気で、須雲川の水音に落葉の音、野鳥の声も響いている。それらの音に包まれながら、誰もいない石畳を上っていくと、やがて須雲川に出た。前日に降った雨のせいだろう、川底に横たわる巨大な石に水が激しくぶつかり、しぶきを上げたり渦巻いたりしながら流れていく。激流と言ってもよいその流れの上を、人一人歩くのがやっとの細い板が渡してある。一瞬ひるんだが、進むしかない」。
●蒲原では――。
「蒲原には温もりがある。そういえば、広重の傑作、『雪の蒲原』も、雪景色とはいえ実に温かみがあるではないか」。
●丸子では――。
「丸子に来たら、立ち寄りたい場所があった。名物とろろ汁の店だ。丸子は、難所として知られた安倍川と宇津ノ谷峠の間にある。一息入れる旅人が多かったうえ、美味しい自然薯が採れる土地だったことから、いつしか丸子にはとろろ汁を出す店が増えていった。十返舎一九も広重も、丸子ではとろろ汁の店を描いているし、晩年の芭蕉も門弟への餞として『梅若菜丸子の宿のとろろ汁』という句を贈っているように、江戸時代丸子のとろろ汁は人気だった。現在の丸子にも、とろろ汁の店が数軒ある。その中で一番古くて有名なのが、東海道沿いの丁字屋で、近所から移築した茅葺きの古民家が、広重の丸子宿に描かれた建物とよく似ているということもあり、遠方からも客が訪れる有名店になっている。観光名所化したところは避けたいが、ここだけは特別だ」。
●御油では――。
「古代三河国の中心だった御油だが、江戸時代の御油宿は規模が小さく、わずか1.7キロしか離れていない次の赤坂宿に客を奪われないよう、激しい客引きが行われた」。
自分も東海道五十三次を歩いている気分になれる、お得な一冊です。