榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

初めて手にしたタブレットに悪戦苦闘する老編集者の物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2620)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年6月19日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2620)

あちこちで、ヘメロカリス(写真1~3)、スカシユリ(写真4~9)が咲いています。

閑話休題、『編集者とタブレット』(ポール・フルネル著、高橋啓訳、東京創元社)は、語り手であるヴェテラン編集者のロベール・デュボワ氏が初めてタブレットを手にして悪戦苦闘の日々を送るという小説です。出版界の前線から少しずつ身を引いていく老編集者の切ない物語なのです。そして、同時に、去りゆく古い世代の編集者とデジタル時代の申し子ともいうべき若い世代の女子研修生の交流を描いた物語でもあります。

この作品の主な舞台は、パリのセーヌ川左岸の、ソルボンヌや高等師範学校などの名門大学が集まる学生街(カルティエ・ラタン)とサン=ジェルマン界隈です。

「『文学はたえずその領域と形態を変化させていくことになる。消え去ったと思われていた作家が復活することもあれば、永遠に定着したものと思われていた作家が消え去ることもある。残っているのは、誰もが認める強固な芯のようなものだが、誰からも好かれているわけではない』。『プルースト?』。『プルースト、バルザック、ラシーヌ、モリエール、ゾラ・・・。きみが学校に通っているあいだずっと、先生たちが細切れにして、たえず垂れ流しにしてきた作家たちの名前さ。もっとも彼らに格別の才能があったわけではないという意味ではないよ。それではあまりに単純すぎる』。『でも、それなら間違いを冒す危険を抑えるにはどうしたらいいんですか?』。『読むことだよ、もちろん。何でもかんでも、のべつまくなしにね。それと、心から愛することだ。きみが世に出すテクストを心から愛すれば、その作品はすでに不滅の傑作への第一歩を踏み出しているんだよ』。彼女は無意識にスカートを膝のほうへ引き伸ばし、赤ワインを一口飲む。注意深く人の話を聴くときに、彼女ならではの独特の流儀があるのだ。その見せかけの素朴さと見せかけの自信が、私は好きだ。どちらも本当なのかもしれないが」。

編集者ではないが、一読者として、アマゾンの出版界席巻や電子書籍の盛行という大変化に直面している私には、この物語は他人事とは思えません。