榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

小説を読む最大の愉しみは、自分のとは異なる人生を味わうこと・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2623)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年6月22日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2623)

シオカラトンボ(写真1)、ベニシジミ(写真2)、オカダンゴムシ(写真3)をカメラに収めました。ザクロ(写真4、5)、クジャクサボテン(写真6)が咲いています。

閑話休題、小説を読む最大の愉しみは、自分のとは異なる人生を味わうことでしょう。この意味で、『黛家の兄弟』(砂原浩太朗著、講談社)は、主人公・黛新三郎になった気分で小説の醍醐味を堪能することができます。

本書で味わうことのできる人生の第1は、強かなライヴァル、次席家老・漆原内記との息詰まる闘いです。

第2は、同じ両親から生まれた兄弟でありながら、自分とは異なる特質を有する長兄・栄之丞、次兄・壮十郎との関係です。

第3は、婿入り先の2歳年上の妻・りくとの関係、そして、同い年の新三郎付きの女中・みやとの関係です。

10万石の神山藩で代々筆頭家老を務める黛家の三男・新三郎は、17歳の時、大目付を務める黒沢家に婿入りし、目付の仕事を学び始めます。ところが、栄之丞に思いを寄せているりくは、新三郎には心も体も開こうとしません。少し時を遡るが、婿入りが決まった日のこと――「みやはくすっという笑みをこぼすと、とぼしくなっていた灯をいきなり吹き消した。――えっ? 声を発する間もなく、ひどくやわらかい重みを全身に感じる。首すじのあたりにかかった息が、こわいほど熱かった。『だいじょうぶです――みやが、ぜんぶ教えてさしあげます』。ことばとは裏腹に、女の声も震えていた。応えるまえに小ぶりな唇が近づき、新三郎の口をふさぐ。頭の芯が痺れ、むさぼるように吸いかえした。庭さきから降りそそぐ月明かりが、障子戸を白銀色に染めている。きょうはまだ終わっていなかったのだな、と熱さをましていく軀の奥で新三郎は思っていた」。

「漆原家は代々次席家老の家柄だが、ここ十年ほどでにわかに勢いを増したと聞く。娘のおりうが藩主の側室となり、又次郎という庶子をあげたのだった。世継ぎは正室の子・右京正就とさだまっているが。ゆくゆく分家のあるじになるくらいのことはあり得るから、内記の存在は無視できないものである。おりうの化粧料からいくばくかが実家へ流れ込んでいるともいうし、北前船が立ち寄る湊の差配を任されているため、運上金の一部を懐に入れているとささやく者もいた」。

「世子は江戸にいる右京正就ときまっているが、漆原内記は、藩主・山城守が又次郎を鍾愛するのに目をとめ、その擁立を画策しはじめたという。あるいは、娘が主君のお目にとまったときから、考えていたことなのかもしれない。・・・ことが成った暁には、みずから藩政の頂点に立つつもりだろう、と舅はいった。『かの家は代々、次席家老で留まっておるゆえな』。新三郎はにがい唾を呑みこんだ。漆原が筆頭家老の座を狙っているなら、実家の黛も無縁ですむはずはない」。

後半の舞台は13年後、31歳の新三郎は大目付に就任しています。新三郎改め黒沢織部正が、逆境にいかに立ち向かっていくのか、ご覧あれ。。