工事現場で出会った男と女の物語の結末は・・・ ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3131)】
キセキレイ(写真1~7)が調整池に現れたという情報を得てから44日目、ほぼ毎日通った甲斐があり、遂に、その姿を捉えることができました。メジロ(写真8~10)、ヤマガラ(写真11、12)、スズメ(写真13、14)、コゲラ(写真15~17)をカメラに収めました。
閑話休題、短篇集『木立ちの中の日々』(マルグリット・デュラス著、平岡篤賴訳、白水社)に収められている『工事現場』は、ホテルの庭から森へ向かう小道の工事現場が眺められる場所で出会った、ホテルに滞在中の男と女の物語です。
「べつに彼女が、目立つような娘だったというわけではなく、前まえから彼が、彼女に注目していたというわけでもない」。
「そう、彼はよく覚えていたが、彼女はそれほど美人ではなかった。こんな異様な行動さえなかったら、こんなにおそく、しかも女ひとりで、あの森のなかにいるという事実、理由らしい理由もなしにそこへ戻っていった、理由らしい理由もなしに、たったいま出てきたばかりの森へ戻っていったという事実、それもふつうなら彼女が、もっとちがった場所、たとえば、ホテルなどにいるのが当然である時刻に戻っていったという事実、そう、それさえなかったら、彼女には、人目を引くようなところはどこにもなかったのである」。
「彼女と知り合いになりたいという彼の欲求は、一日ごと、半日ごとにつよまっていった」。
「たしかに彼は、最初の日から、最初の瞬間から、ふたりきりで小道で、暗がりのなかで彼らが落ちあったそのときから、彼女に欲望を感じていたにちがいなかった。しかしその欲望がいまは、咄嗟にあまりにも激しくなったので、彼はついに、彼女がいま以上にさらに、彼女のうちに生きられている生命に気がつかないでいてほしいとまで、希求するにいたった。そうすれば彼は、その時機がきたときに、いっそう完全に彼女の不意を打ち、いっそう思いきって彼女をあやつり、それまで、すでに彼が盗み見た至上のぞんざいさのうちにしばられているはずのあの肉体を、いっそう徹底的にほしいままにできるだろうからだった」。
「彼女が彼を欲しているということを、彼は確信していたのである。うむをいわさずに彼女を欲しているだれかを、彼女が欲しているということを。ことにそれは、彼女が工事場にたいして感じたおぞましさをきっかけとして、彼女を欲してくれるだれかなのだ」。
「彼女はもう、ほほえみかけようとはしなくなった。そのときから、彼女は待った。そしてそのときから、夏のまっただなかの、休暇用のこのホテルで、彼らふたりの完全な自由にもかかわらず、恋は死の罰を受けるのだとでもいうかのように、ふたりとも負けず劣らず相手を無視しようと心がけた。とはいえ彼女は、明らかにもう、彼にしか興味がないのだった」。
「いまはいよいよ、終局を迎え、ふたりの待機は最後に近づいていた。そのことを彼らは、ふたりとも承知していた。ただ彼らが知らなかったことは、それがどんなふうに終わるかということ、自分たちがそこから、どういうふうに、どこで、そしていつ抜け出すかということだった」。
「彼は歩きつづけ、彼女も、それがあたりまえであるかのように彼のあとを追いつづけた。・・・それは湖のそばの、葦の茂みでほぼ完全にかくされている入り江だった。・・・彼は道をつづけた。葦の原っぱを出たところで、彼は、彼女が入り江の向こう側に立って、自分のほうへすすんでくる彼を見つめている姿を見た」と、唐突に終わっています。
何という終わり方でしょう。本書の訳者は、「読者はこの短編の恋人たちが、運命的な葦の茂る入り江での愛の語らいの後、さらにどのような甘美で酷薄な道を歩むかを想像するとき、きっと時間のたつのを忘れるにちがいない」と記しています。
一方、皆川博子は書評集『天涯図書館』の中で、「最後、男が待ち受けていると承知しながら、葦の茂みに分け入っていく。小説はそこで終わるが、暗示しているのは、男の大きい手が娘を絞め殺すことだ。娘もそれに気づいている。気づきながら、背丈ほどもある葦の中に立つ男のもとに行く」と評しています。
マルグリット・デュラスがこのような形で筆を擱いたのは、この先はあなた方の想像力の出番よと読者を焚き付けているのでしょう。変わり者の二人のことだから、案外うまくやっていくのではないかと、性善説の私は想像を巡らせています。