ロッキード事件で田中角栄を葬ったのはヘンリー・キッシンジャーだったのか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3221)】
撮影助手(女房)が鳥の群れを指差しました。かなり遠方なのでカワラヒワだろうと思い撮影したところ、何と、シメ(写真1~4)でした。ジョウビタキの雌(写真5、6)、シロハラ(写真7~9)、ツグミ(写真10)をカメラに収めました。ヒヨドリたちがセンダンの実をぱくついています(写真11、12)。シダレウメ(写真13)が芳香を漂わせています。因みに、本日の歩数は11,916でした。
閑話休題、私は厚さ4.8cm、591ページの単行本の『ロッキード』(真山仁著、文藝春秋)を手にしたのだが、著者・真山仁の真相究明の執念が籠もっており、謎の多いロッキード事件の全体像を俯瞰することができました。
とりわけ、私が目を皿にして読み耽ったのは、ロッキード事件で田中角栄を葬ったのはヘンリー・キッシンジャーだという説を著者がどう考えているかを記した箇所です。
米国を差しおいて日中国交回復を断行した田中はけしからん、石油メジャーに頼らず自前で石油を確保しようと資源外交を展開した田中はけしからん――と、キッシンジャーが激怒して田中を逮捕に追い込んだという説が根強く蔓延っているからです。
著者は、綿密な調査を踏まえ、このような結論に辿り着きます。「石油メジャーの代理人だったキッシンジャーにとってチャーチ委員会の調査は許しがたい行為だったに違いない。国際政治が激動の時代を迎えようとしている時に、青臭い正義感を振りかざすなんぞ、言語道断とキッシンジャーは怒っていたはずだ。・・・『世界の警察』を自任する米国が海外で平和維持活動を行えば、多額の軍事費が支払われる。したがって、ロッキードをはじめとする軍事産業が富を得るのは当然だった。それに、結果的には、彼らの活動が米国経済に豊かさをもたらしたのではないか。・・・それが、チャーチ委員会によって、突如、糾弾の対象となってしまった。だが、それで諦めるキッシンジャーではなかった。彼は熟考を重ね、この難局を乗り越える策謀を巡らせた」。
「それは、チャーチ委員会と歩調を合わせるように見せながら、オープンにして良い事実と、絶対に明かせない事実を分類し、前者に光を当て、後者は闇に隠すという戦略だった。ある程度の犠牲はやむを得ない。被害が最少で済む生け贄を定めて、それ以上の追及をくい止めるしかない。そして、チャーチ委員会の公聴会で実名が公表される。その一人がTanakaだったのだ。角栄は、キッシンジャーに嫌われていた。だから、キッシンジャーに破滅させられた、というのは日本人の心情からすれば受け入れやすい。だが、ことはそんなに単純ではない。もしや、角栄を犠牲にしなければならない必然的理由があった、のではないだろうか」。
「ヘンリー・キッシンジャーは自他共に認める稀代の策謀家だ。チャーチ委員会が開けてしまった『ロッキード』というパンドラの箱を、彼はどのように守ったのか。・・・(ロッキード社の旅客機)トライスターの売り込みで裏金を使ったことは、エグゼクティブ・セッションで、開陳しよう。その代わり、(ロッキード社の戦闘機)P-3Cについては一切触れない。そして公聴会では、政治家の名前は伏せて、日本でも評判が芳しくない児玉誉士夫と小佐野賢治の名前、さらには代理店である丸紅について、言及すればいい、だから、公聴会では、角栄の名は出ることはなく、日米のメディアが大騒ぎしても、灰色高官が誰なのかは一向に漏れ聞こえてこなかった。そこに、三木武夫の大奮闘という予想外の展開が起きる」。
「トライスター関連の資料提供だけでお茶を濁したいキッシンジャーは、前政権の首を指し出せば、東京地検特捜部も三木政権も、驚愕のあまり捜査を止める方向に動くと踏んだようである。・・・東京地検特捜部が、米国から持ち帰った資料には、売り込み工作のカネの流れが分かる人物相関図(チャート)があった。そこには、ロッキード社と日本の政治家らの名前が多数記され、カネの流れとおぼしき矢印が記されていた。そして大半の矢印は、Tanakaとローマ字で書かれた人物に向かっていた。・・・キッシンジャーが調査の深入りをさせないために仕組んだとしたら、それはやり過ぎだった。あのチャートがなければ、ロッキード事件の捜査は、途中で頓挫しただろう。チャートに田中角栄の名があったからこそ、特捜部は突き進んだ。彼らは2年前、金脈問題で総理を辞任した角栄を追い詰められなかったからだ。捲土重来を狙っていた中、願ってもないチャンスが舞い込んだ。キッシンジャーが抑止力になると考えたのとは、まったく正反対の作用が働いたのだ」。
「自国の必要悪を隠蔽するために、上院委員会の調査を操作し、日本の前総理を生け贄として差し出す――。そのような突飛な陰謀に、米国の国務長官ともあろう者が手を染めるのだろうか。・・・大切な軍事企業であるロッキード社のスキャンダルを隠し、安全保障政策を維持するために、日本の総理経験者一人を生け贄にするくらいは、米国としては、至極当たり前のトラブルシューティングにも思えてくる」。
「米国、三木総理、検察庁、そしてメディア――はそれぞれが欲しいものを手に入れるために、角栄を破滅の淵に追いやった。角栄にとっては、余りに理不尽で不運な事態が、重なった。だが、角栄を破滅させた本当の主犯は、彼らではない。政治家・田中角栄の息の根を止めたのは、別にあった。世論だ。かつては今太閤と持て囃した国民(の嫉妬)こそが、角栄を葬ったのだ」。
予想外の収穫もありました。中曽根康弘がキッシンジャーを師と仰いでいたこと、児玉誉士夫が中曽根の将来性を高く評価して強力な支援をしていたこと、児玉が中曽根にP-3Cの輸入を頼み込んだ可能性が高いこと――が明らかにされているからです。ロッキード事件で断罪されるべきは田中ではなく、中曽根だったのではないか――という著者の呟きが聞こえてきます。