榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

暗闇と無音の世界に、長年、置かれ続けた男の物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3389)】

【読書の森 2024年7月23日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3389)

ヤブキリの雄(写真1、2)、シオカラトンボの交尾(写真3、4。上が雄)、雌(写真5)をカメラに収めました。オクラ(写真6~8)が花と実を付けています。

閑話休題、若い頃、私が一番恐怖に駆られたのは、死後、漆黒な闇の中で、独りで、いつ来るとも知れない再生の時をじっと待ち続けねばならないというイメージでした。このほど、短篇集『失はれる物語』(乙一著、角川文庫)に収められている『失はれる物語』を読んで、本当にびっくりしました。私が恐れたイメージがこの短篇の中で、ものの見事に再現されているからです。

妻と口喧嘩した翌日に「自分」は交通事故に遭い、体中の骨を折り、内臓もやられ、脳に障害が起こり、視覚、聴覚、嗅覚、味覚を失ってしまいます。僅かに、右手の指先を上下させる以外の全ての動きを封じられてしまったのです。

毎日、病院を訪れる妻が自分の右腕の内側に爪で書く文字に対して、YESなら指を1回上下させ、NOなら2回上下させることでしか、意思を伝えることができないのです。

そういう状態のまま、3ヶ月が経過し、1年半が経過し、3年が経過し、4年が経過し、やがて、どれほどの年月が過ぎたのかを知ることもできなくなります。

この間、妻と、事故に遭ったときは1歳だった娘にどういう変化が起こったのでしょうか。

悪夢に魘されそうなので、この本は二度と開かないぞと、心に固く誓いました。