榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

モーツァルトが「死の世界からの使者」と思い込んだ男の正体・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3424)】

【読書の森 2024年8月28日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3424)

スイフヨウ(写真1)が咲いています。ハクセキレイ(写真2、3)、カルガモ(写真4、5)をカメラに収めました。

閑話休題、『<死>からはじまるクラシック音楽入門』(樫辺勒著、日本実業出版社)で、とりわけ興味深いのは、●バッハ、●モーツァルト、●ベートーヴェン――と「死の音楽」との関係です。

●ヨハン・セバスティアン・バッハ

バッハのパトロンであったレオポルド侯が1728年11月19日早朝、34歳の誕生日を目前にして亡くなります。バッハはレオポルド死後のたった5日後には、葬送音楽の大曲「嘆け、子らよ、全世界に向って嘆け」を完成させていました。バッハがいかに天才であろうとも、これは不可能だと思われるが、実は、既に基となる曲がいくつかあって、その一部を適宜改変して使ったのだろうと考えられているというのです。

●ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

1791年の夏のある日、借金苦に喘いでいたモーツァルトのもとを灰色の服を着た男が訪ねてきて、高額な報酬を提示し、死者のためのミサ曲を匿名で書いてほしいと依頼しました。モーツァルトはその男が「死の世界からの使者」と思い込み、結局、「レクイエム 二短調 K.626」は未完のまま彼の絶筆となったというエピソードはよく知られています。レクイエムの依頼主はフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵で、灰色の服を着た使いの男は伯爵の知人であったことが後に判明しています。この伯爵は、妻の追悼のためのレクイエムをモーツァルトに作曲させ、それを自分の曲として演奏しようとしていたのです。なお、モーツァルトの死因は、当時流行していた連鎖球菌性咽頭炎から腎合併症を発症したためと考えられています。

●ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

ベートーヴェンが1801年に作曲した「ピアノ・ソナタ第12番」の第3楽章には、「葬送行進曲」という書き込みに続けて「ある英雄の死を悼んで」と書かれています。この英雄が、ベートーヴェンが幻滅したナポレオンを指す可能性はほぼないが、では誰なのかという問いに対する答えは、いまだに明らかになっていないということです。