ヘタレ人類学者のインド沙漠地帯の奮闘記は面白いだけでなく、人間の生き方を考えさせる優れ物だ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3590)】
【読書の森 2025年2月2日号】
情熱的読書人間のないしょ話(3590)
『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく――僕はゆらいで、少しだけ自由になった。』(小西公大著、大和書房)では、ヘタレ人類学者を自称する小西公大の30年近くに亘るインドのタール沙漠におけるフィールドワークの体験が率直に綴られています。
このフィールドワークを通じて著者は、人間には「ゆらぎ」が重要だという考えに辿り着きます。「意固地になって自身の殻に閉じこもるより、生まれ育った世界の規範や常識に囚われ続けるより、張った肩肘を少し緩め、世界を許容し、ゆるがされるままに生きてみよう。そんな生き方があってもいいのではないか」。
そして、「ヘタレ」ているからこそ、ゆらげた、というのです。
本書は、異文化の真っ只中での奮闘記、そして、小学校も卒業しておらず極貧の生活を送るトライブ(少数民族の総称)の2歳年下の青年パーブーとの友情物語として興味深く読めるが、人間の生き方について考えさせる奥深さも備えています。
個人的に衝撃的だったのは、著者がバラモン階級の女性にお茶に誘われて訪れた時の出来事です。「パービーが僕の後に続いて居間にあがろうとすると、その優しそうな女性は、突然顔をこわばらせ、お前は入ってはいけない、土間の靴置き場で待機していなさい、と伝えた。彼は渋々と土間の端に体育座りになった。そして、喉が渇いているんだ、と女性に告げた。彼女は、真鍮のツボに入った水を持って彼に近づき、上から彼に向かって水を注ぎ始めた。彼はそれを両手で掬い、手のひらに口をつけてゴクゴクと飲み始めた。これには驚いた。このバラモン家族は、居間に上げることはおろか、彼に食器を触らせることすら忌み嫌い、このような行為を繰り返してきたのだ」。