榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ケトン体は悪玉ではなく善玉だ――と、医学の定説に真っ向から反論・・・【薬剤師のための読書論(18)】

【amazon 『ケトン体が人類を救う』 カスタマーレビュー 2016年3月4日】 薬剤師のための読書論(18)

これまで、ケトン体が出たら「飢餓状態だ」とか「危険だ」とされてきた医学の定説に叛旗を翻す書籍が登場した。『ケトン体が人類を救う――糖質制限でなぜ健康になるのか』(宗田哲男著、光文社新書)が、それである。一般向けに書かれているが、世に溢れ返っている、いわゆる健康本とは根本的に性質が異なる。近い将来、ケトン体悪玉説を覆し、ケトン体善玉説を宣言した嚆矢として、本書が医学的に高く評価される日が来る予感がしている。

なぜなら、医薬品業界で長く働いてきた私には、鉄壁に見えた医学の定説が脆くも崩れ去るのを間近で目撃という経験があるからだ。H₂受容体拮抗剤のプロダクト・マネジャー時代に、海外文献でヘリコバクター・ピロリのことを知り、消化器病の当時のオピニオン・ドクターたちに「ヘリコバクター・ピロリが潰瘍の真の原因では?」と尋ねて回ったが、どこでも一笑に付されてしまったのである。その後、ヘリコバクター・ピロリが胃潰瘍のみならず胃がんの重要な原因であることが明らかになったのは周知のとおりだ。

さらに、著者同様、私も糖質制限を4年半に亘り実践してきて、糖尿病でも糖尿病予備軍でもないが、腹囲、体重を適正範囲に保つことができているだけでなく、すこぶる体調がよいことを日々、実感しているからである。

著者は、●従来のケトン体悪玉説は間違いであった、●「糖質制限→ケトン体代謝」によって、どういう効果が得られるのか、●具体的には、どうすればいいのか――について、医学的、実証的だが分かり易く解説している。

ケトン体とは、アセトン、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸の総称で、脂肪酸ならびにアミノ酸の代謝産物である。糖質を摂取しないと、体内の脂肪酸を分解して栄養にする代謝が行われるようになり、その際、生じるのがケトン体だ。

血液中のケトン体が上昇すると、現状では異常値と判定されてしまうが、著者は、ヒトには糖代謝(ブドウ糖→グリコーゲン)エンジンと、ケトン体代謝(脂肪酸→ケトン体)エンジンの2つがあるというのである。しかも、ケトン体エンジンのほうがメインだと主張している。「これまで『通常、脳はブドウ糖しかエネルギー源として利用できません。だから必ず糖質、炭水化物を脳のためにとらなければなりません』と言われてきました。しかし、ヒトの歴史を考えてみれば、食料があふれる時代はなかったのです。飢えとの戦いが多かった時代には、糖質をとれば、これを飢餓に備えて脂肪として蓄え、脂肪をとれば、これは効率が良い、持久力のあるエネルギーとして、ケトン体エンジンに使われていたのであって、『サブ』とか『非常時』のエンジンではなく、じつは、ケトン体エンジンが『メイン』のエンジンだったのです。最近のように、糖質が豊富に存在し食べられるようになってから、ブドウ糖を使ったエンジンを日常的に使うことが多くなっています。しかし、使い切れないくらいの糖質を摂取してしまうために、それを脂肪にして蓄えるようになって、肥満や糖尿病が増えてきたのです」。

著者は産婦人科医として、●絨毛・胎盤には高濃度のケトン体が存在する、●胎児はケトン体で生きている、●新生児もケトン体で生きている、●妊娠糖尿病は、胎児がタンパク質と脂肪を要求していて、糖質は不要ということを示している病態、●糖質制限で、妊娠糖尿病もⅠ型・Ⅱ型糖尿病も管理できる――と、自らの経験に基づき、学会で発表している。

昨今、急速に広がりつつある糖質制限に対して糖尿病専門医やマスコミなどからその危険性が指摘されているが、著者は、糖質制限の安全性を証明するエヴィデンス・レヴェルの高い論文が続々と発表されていると反論している。

「アメリカの糖尿病学会は、2013年のガイドライン改訂において、適切な3大栄養素比率は確立されていないことを明言しました。そして、それまでの『1日あたり糖質130gが平均的な最小必要量』という文言を削除して、新たに糖質制限食を糖尿病治療の選択肢の一つとして認めたのです。その起草委員の一人、デューク大学のウィリアム・ヤンシー准教授は、糖質制限食に関する臨床研究から、『ケトン食で健康関連因子は改善する。今後、糖質制限はもっと積極的・徹底的に研究し、治療選択肢として考慮する必要がある』と述べています。・・・アメリカだけでなく、イギリス、スウェーデンをはじめ諸外国ではすでに、糖質制限を糖尿病治療などの選択肢の一つにして取り入れて、成果を上げつつあります」。

「具体的には、糖質摂取をやめ、タンパク質・脂質を中心とした食事に変化させ、ブドウ糖を使った代謝から、ケトン体代謝に変化させることで、体の状態は劇的に改善される」というのが、著者の結論である。糖質制限という考え方は決して危険なものではなく、むしろ、糖質を制限することによって起こるケトン体代謝の状態が、本来の人間の身体には適した状態だというのだ。

本書では、ケトン体善玉説に止まらず、コレステロール悪玉説からコレステロール善玉説への宗旨替えも呼びかけているが、こちらの帰趨も目が離せない。