榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

敗戦直後の混乱期の闇市が、この短篇小説集の陰の主人公だ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(289)】

【amazon 『闇市』 カスタマーレビュー 2016年1月30日】 情熱的読書人間のないしょ話(289)

我が家の庭の餌台に、メジロとヒヨドリが代わり番こにやって来ます。ミカンを餌台に置くのが役目の女房は、体の大きなヒヨドリに追っ払われがちなメジロに肩入れしていますが、ヒヨドリだって一所懸命生きているのですから、私は両者に公平を心がけています。散策中に、紅梅をたくさん付けた大きなウメの木を見つけました。白梅が満開のウメもありました。2つの図書館にも寄ったので、本日の歩数は14,330でした。

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閑話休題、私が子供時代を送った昭和20~30年代、東京・杉並の荻窪駅の北口には、闇市の雰囲気を色濃く残す「新興マーケット」があり、母の買い物によく付いていったものです。

闇市』(マイク・モラスキー編、皓星社)は、闇市が登場する短篇小説集です。「闇市とは、戦中から戦後にかけて存在していた違法の市場である。とりわけ戦後の闇市は、食料から衣類や日用雑貨まで、日々の暮らしに必要なありとあらゆる物資が売り買いされる場所であった」。

収録されている11編とも興味深いのですが、とりわけ印象に残ったのは、平林たい子の『桜の下にて』、梅崎春生の『蜆』、中里恒子の『蝶々』――の3作品です。

『桜の下にて』では、戦後、ヒロインの「珠子は優秀な女学生であり、卒業してからも上級学校へ進学する心づもりでいるが、経済的な事情から、進学の夢を捨てざるを得ない。同じく優秀な同級生の井上さんがいきなり学校を中退し駅前の闇市の屋台を母親と一緒に営むことになる」。「『でも勇敢だわねえ』。『生きる為よ』。井上さんは冷静な口調でそう言った。それが何だか幾度も言い慣れた言葉のように聞えて、珠子は一寸淋しかった。たった十日の商売の間に、井上さんの気持の肌には、一と皮薄い皮が張ったような感じだった。深い物思いに囚えられながら珠子は戻って来た」。

『蜆』には、「(ドアがなくなってしまっている満員)電車から押し出される(善人で義侠心過剰な)おっさんの(車外への落下)死を身近に目撃する体験を経て、ふと悟ったかのごとく『一層のこと闇屋にでもなったろか』とつぶやく」男が登場します。

『蝶々』の「主人公の薩摩富久子は戦中、海軍長官の夫人だった」が、戦後、「闇市でやきとり屋の屋台を始める」。「闇市でやきとり屋の女将さんになったということで、ずいぶん落ちぶれてしまったと見なす人もいるが、本人はそのように考えていない。むしろ、長年の束縛から解放されたように感じる」のです。

闇市の雰囲気を知っている者には懐かしい一冊です。知らない人には、戦後の混乱期を実感するのに恰好な材料となるでしょう。