榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

江副浩正という稀代の起業家がいたことを忘れない・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1119)】

【amazon 『江副浩正』 カスタマーレビュー 2018年5月15日】 情熱的読書人間のないしょ話(1119)

人間ドック終了後、上野、有楽町、日比谷を散策しました。因みに、本日の歩数は14,603でした。

閑話休題、私はリクルート創業者の江副浩正を、リクルート事件を考慮に入れた上で、深く敬愛しています。私が社長として新規事業を立ち上げた当時、当社を担当してくれたリクルート・グループの社員たちのいずれもが素晴らしい人材で、その強力な支援のおかげで当社は急成長することができました。彼らの誰もが江副を信奉し、そのDNAを受け継いでいることを実感しました。江副が築いた企業文化、風土が今も変わることなく伝承されているのです。

私の江副観が間違っていなかったことが、評伝『江副浩正』(馬場マコト・土屋洋著、日経BP社)を読んで、はっきりしました。

「江副自身の変化とともに社内は活性化し、期末業績数字はつねに目標額を大きく超えるようになる。『リクルートの経営理念とモットー十章』の筆にも、熱がこもった。<『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』をモットーに。人は、上司に恵まれていない、チャンスに恵まれていないと思いがちである。だが、自らの業績は上司の指示によるものではない。チャンスもまた自らつかむものである。業績への機会はすべての人に平等である。高い業績は、それを達成する執着心をその人が持ち続けるか否かにかかっている。業績達成への能力は、上司に育ててもらうのではなく、自らの努力、つまり読書やお客様と周囲の人から聞く話などによって自らを育てていくものである。自らが成長であるか否かは、自己管理できるか否かにかかって大きい>」。

「血ヘドを吐くような思いと金策に駆けずり回る日々のなかで育ててきたリクルートだ。自分の命より大切なわが子、リクルートを失うわけにはいかない。ならば、この(今やライヴァルとなった)巨象ダイヤモンド社が倒れるまで、徹底的に戦おうではないか」。

「江副の残した功績は2つに要約できる。1つは、情報誌を創り出したこと。2つ目は、生長する企業の思想と仕組みを創ったことである」。私は、3つ目に、多くの人材を育てたことを付け加えたいと思います。

「日本が戦後のまだ貧しかった時代に、学生でありながら、無一文から、たった一人で、大企業への就職を蹴って、先の見えない事業を始めた男がいた。彼が作った一冊の本が、後の情報誌の原点となって、就職、進学、住宅、旅行、自動車、結婚、等々の情報メディアとして機能し、やがてネット社会にいっそう花開いた」。己の才覚と度胸で誰もやったことのない事業を次々に興し、一つひとつの事業を育ててきた結果が一兆円企業だったのです。

「生涯にわたって、事業を興し続けた男、未来を先取りし、時代の先頭を走った男、どのような場面でも人材を発掘し、育てることを優先した男、全身をかけて時代に対峙した男」。

「私の企業人としての人生は江副さんに導かれ、教えられ、励まされた日々であった。仕事で行き詰まったときには、『江副さんなら、どう考えるだろう』と思案することがしばしばだった」。

一方で、私の知らなかったことがいろいろと記されています。

「しかし不動産やノンバンク事業に傾斜し、ニューメディア事業で疾走する江副のなりふり構わないワンマンぶりに対して、社内ではひそかにこう言い交わされ始めていた。『江副二号』。敬愛の念を込めて『江副さん』と言っていた社員たちが、絶対君主のようにふるまう江副にとまどい、その変容ぶりを嘆くかのようにそう呼んだのである。『住宅情報』を開発したころの江副が『江副一号』だとすると、いまの江副は『江副二号』だというわけだ。・・・江副の言動から少しずつ謙虚さが消え、傲慢さが顔を出し始めた」。

「一見、スマートな外見からはうかがいしれないのだが、江副は無類の贈りもの好きだった。もちろん、何を贈るかにも徹底的に心を砕く。とにかく、相手をよろこばせたくて仕方がないのだ」。これが、リクルート事件の実情、発端でしょう。

拘置所でリクルート事件の取り調べを受けた時の状況が生々しく描かれています。「『バカヤロー、うそつくな、百二十六番。思いだすまで壁の隅に向かって立って考えろ』。3時間以上取調室の隅の角に向かって立たされ、もうろうとして目を閉じた。『目をつむるな。壁をみろ。バカヤロー、目をつむるなというのがわからないのか。俺を馬鹿にするな。なめる気か。それは国家をなめることだ。もっと前に寄れ』。・・・一切手を下すことはないが、それは検事による心の処刑ともいえた。考えることだ。虫けらにならないこと。江副は薄れゆく意識のなかで言葉をつむぐ。憂きことを 月見て悩む 独居房」。

「『私は天地神命に誓い、賄賂を目的として譲渡した株は一株たりともありません。検察の4ルートにわたる嫌疑に対しては、たしかに調書に署名をしました。しかし、それらのすべては、133日にわたる人間性を無視した過酷な尋問に私が絶え切れず、作られた供述書に署名したものです。この裁判では私の汚名を返上するとともに、密室で行われた不当な取り調べの実態を明らかにしたいと願っています』」。

「『私は今回の私の体験を通して、事件は検察によって作られ、マスコミによって広められることを知りました。検察は長期間拘留中に卑劣で過酷な取り調べを繰り返し、私を脅し、追いつめ、私は検察の作ったその調書に署名させられました。そしてこの裁判は、その調書をもとに行われようとしているのです』」。

最晩年のことも明かされています。「カルテに病状が書かれた。『アルツハイマー型認知症、中期』。だが本人(江副)にも秘書にも、その詳細は伝えられず、治療薬アリセプトが処方された」。

強烈な光と影に彩られた江副浩正という人物を深く理解するには、欠かせない一冊です。