榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

数学が好きな人はより好きに、そうでない人はそれなりに数学が好きになる本・・・【薬剤師のための読書論(15)】

【amazon 『数学の言葉で世界を見たら』 カスタマーレビュー 2015年3月17日】 薬剤師のための読書論(15)

はっきり言って、数学は私の不得意課目である。恐る恐る『数学の言葉で世界を見たら――父から娘に贈る数学』(大栗博司著、幻冬舎)を読み始めたが、著者の巧みな語り口に思わず引きずり込まれてしまった。

「数学とは、英語や日本語では表すことができないくらい正確に、物事を表現するために作られた言語だ。だから、数学がわかると、これまで言えなかったことが言える、これまで見えなかったことが見える、これまで考えたこともなかったことが考えられるようになる」。短い言葉だが、数学の魅力が頭の中に沁み込んでくる。

「不確実な情報から判断する」の章の「乳がん検診は受ける意味がないのか」では、ベイズの定理が主役だ。「アメリカがん協会は、乳がんの早期発見のために、女性は40歳から毎年マンモグラフィー検診を受けることを勧めている。ところが、2009年に米国政府の予防医学作業部会が、『40代の女性には、定期的な検診を行うことを推奨しない』という勧告を発表して、話題になった」。予防医学作業部会は、ベイズの定理により、陽性の結果が出ても乳がんに罹っている確率はたった9%で、偽陽性の確率が90%以上もあるというのだ。この論争に、著者はこう判定を下す。「検診をして陽性だったときの確率は9%。しかし、9%だから検査に意味がないとは言い切れない。もう一度検診をしてまた陽性だったら、確率は58%になるからだ。ベイズの定理を使うと、新しい情報が手に入るごとに、確率がどのように修正されていくかがわかる。『経験に学ぶ』ということを、数学的に表現することができるんだ」。

同じ章の「原発重大事故が再び起こる確率」でも、ベイズの定理が活躍する。「日本で原子力発電所が稼働を始めてわずか50年の間に、炉心が融け落ちるメルトダウンが起きてしまった。いったん事故が起きたら、これまで99%の確率で正しいと信じてきた東京電力の主張を見直さなければいけない」。そこで、ベイズの定理を使うと、「事故が起きたことで、東京電力の主張が正しい確率が99%から3%に激減してしまった。・・・『信頼を失う』ということを、ベイズの定理を使って数学の言葉で表現するとこういうことになる」。

「基本原理に立ち戻ってみる」の章の「(-1)×(-1)はなぜ1になる?」も興味深い。「負の数と負の数の掛け算について考えよう。君が毎日学校の帰りに100円のジュースを買うとする。お小遣いがもらえないとすると、貯金が毎日100円ずつ減っていく。1日たつと100円、2日たつと200円減る。n日たつと、100×n円減っている。これを(-100)×nと表すことにする。ここで、1日前のことを考えて、n=-1としたらどうなるだろう。毎日100円のジュースを買って、100円ずつ貯金が減っているのだから、昨日には今日より100円多く貯金があったはずだ。つまり、(-100)×(-1)=100でなければいけない。一昨日、つまりn=-2には、200円多かったはずだから、(-100)×(-2)=200となる」。なるほど、この説明なら、負の数と負の数を賭けると正の数になることが私でも納得できるなあ。

「素数はふしぎ」の章の「通信の秘密を守る『公開カギ暗号』とは?」は、現代の最先端の問題に結びついている。「自然数、特に素数の性質は、暗号通信の方法と深いかかわりがある。通信の内容を一定の規則で他の記号に置き換えることを暗号化、暗号化されたデータをもとの状態に戻して読めるようにすることを復号化と呼ぶ。1970年代まで使われていた暗号では、暗号化の規則を知っているとそれを逆にたどれば復号化ができた。・・・そのため、暗号化の規則が敵の手に渡ると、通信の秘密も漏れてしまう」。そこで、現在のインターネット取引では、オイラーの定理を使った公開カギ暗号という考え方を実用化したRSA暗号が使われている。さらに、まだ実現していないが、量子力学の原理を使うと、RSA暗号とは全く異なる暗号通信が可能になるというのだ。「『量子暗号』の方法では、暗号が途中で盗まれて解読されると、どんなにこっそり行っても、絶対に発覚する。量子力学が正しい限り、傍受は不可能になる」。

「宇宙のかたちを測る」の章の「デカルト座標という画期的アイデア」では、デカルト、ガリレオ、ニュートンが登場する。「『方法序説』は、『序説』と呼ばれるように、真理を探究する方法に関する書物の序文だった。デカルトは、この方法の試論のひとつとして幾何学の新しい方法を提案した。それは、平面の上の点を2つの実数の組(x, y)で表すというアイデアだ」。ガリレオが力学の体系を完成することができなかったのは、このデカルト座標を知らなかったからであり、一方、ニュートンが力学や重力の法則を数学で表現するのに使ったのが、ほかならぬデカルト座標だったというのである。哲学者のデカルトが数学者でもあったことは知っていたが、数学の分野でこれほど重要な業績を上げていたとは知らなかった。