日本の原風景を巡る安野光雅の画文集・・・【山椒読書論(311)】
私は、安野(あんの)光雅のぼーっとした、色が滲んだ感じの絵と、洒落た文章が好きだ。
『原風景のなかへ』(安野光雅著、山川出版社)は、著者が日本の懐かしい原風景を求めて、列島各地を訪ね歩いた画文集である。
「いままさに、原風景は失われようとしている。それも加速度をましているように思う。風景を大切に思うのは、ほんとうは罪滅ぼしの感覚ではない。例え貧しくても、自然の風景の中に住んでさえいれば、そこは本当に安住の地なのであることを、(後悔と共に)早く気がついた方がいいのにと思っている」。
「昭和の面影 千葉県 佐原――佐原の町並みを写した写真を見たのがきっかけで、この町へまた来た。旧式の郵便ポストや荒物屋さんの店先などにこころをひかれた。自分が年とったということもあるが、町並みが昭和初期の面影を温存し、わたしが子どもだったころの町を惜しみなく見せてくれているからである」。
「室津漁港 兵庫県 室津漁港――室津漁港は何一つ残さずに描きたくなる漁港だった」。
「副島種臣 佐賀県 能書家を生んだ佐賀――のどかな棚田の風景が残っている佐賀へ行った。今回、鹿島市の七浦の風景を描いたが、見下ろして描く棚田は難しかった」。
「天空の村 埼玉県 秩父市――秩父の山を分け入ると、『栃本関跡』という史跡がある。それだけでなく、この辺りは『天空の村』と呼ばれ大切に思われている原風景の残る所だそうだ。わたしも行ってみたら、急斜面をものともせずに村が開かれた所であり、ここに『栃本関所』があった」。
「乗鞍の主 長野県 乗鞍――この地にも文明の風が吹いて都会風になった。牧場に牛がいなくなり、森林化が進みつつある。たとえ牛がいなくても、牧場がないと乗鞍ではなくなる」。
「かやぶき屋根 茨城県 筑波山――筑波山の麓に、古民家がたくさんあると聞いた。この辺りではないかと見当をつけて行った。東麓の茨城県・旧八郷(やさと)町(石岡市)の上青柳の辺りには、豊かな地下水と土壌を背景に田畑が広がる。今回の絵に描いたのは、かやぶき屋根を持つ民家がそこかしこにある里山風景である」。
「市場のにぎわい 石川県 金沢・近江町市場――(故郷のと)同じような市場が金沢市の中心部にもあった。市民の台所として親しまれている『近江町市場』である。連休の日に行ったせいか、にぎやかで、取り扱っている海産物の量も多いと感じた。この市場は健在で威勢がいい」。
「古墳群 奈良県 明日香村――奈良県明日香村の稲渕で棚田を見た。まさに日本の原風景である」。棚田に挟まれた小山の紅葉が、実に素晴らしい。
おかげで、懐かしい原風景を、のんびりと楽しむことができた。