榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

何ということか、イスラム国の生みの親はアメリカだった・・・【リーダーのための読書論(54)】

【amazon 『アメリカはイスラム国に勝てない』 カスタマーレビュー 2015年2月7日】 リーダーのための読書論(54)

スンニ派イスラムの過激派武装組織「イスラム国」に関する書籍の中で、『アメリカはイスラム国に勝てない』(宮田律著、PHP新書)が、その内容の充実度において類書を圧倒している。

イスラム国の生みの親が、選りに選ってアメリカとは、どういうことか。そこには「ムジャヒディン」→「アルカイダ」→「イラクのアルカイダ」→「イスラム国」という流れが横たわっているのだ。「米国は1980年代のアフガニスタンでの対ソ戦争の際に、『ムジャヒディン(イスラムの聖なる戦士たち)』に武器、弾薬、資金、軍事訓練を与えて、それがのちの(オサマ・ビンラディンに指導される)『アルカイダ(統一と聖戦機構)』になった」。「アフガニスタンでの対ソ戦争の際、米国のCIA(中央情報局)がムジャヒディンたちに、いかに戦闘細胞をつくるか、いかに作戦を実行するか、といったノウハウを提供したが、それがのちにアルカイダにも伝えられ、彼らの軍事的知識や技術ともなった」。「ムジャヒディンたちのなかから米国に対して牙を剥くアルカイダが生まれていった」。 

「(『イラクのアルカイダ(統一と聖戦機構)』を率いる)ザルカウィが吸収していったのは、フセイン政権時代の諜報機関、『イラク共和国防衛隊』の将兵たち、またサダム・フセインの民兵組織『フェダイユーン』などであり、当時はフセイン政権の復活を図って抵抗しているものと考えられていた。また、米軍に攻撃を行う武装集団は、軍隊の解体によって職を失った人々によって構成されていると推定された。『イラクのアルカイダ』などによって頻発したイラク国内でのテロと治安の悪化は、イラクで米国が率いる『有志連合』に対するイラク国内の感情を損なうようになっていく。少なからぬイラク人たちは、『有志連合』が自分たちを守ってくれず、イラクを弱体化させようとしていると考えるようになった」。

「(米国が打倒したイラクの)フセイン政権時代の支配政党であったバアス党は、米軍統治によってことごとく排除されていく。学校の教師たちも、旧バアス党員たちは排除され、シーア派の人間が教師になっていく。この脱バアス党政策によって7万人から10万人の人々が解雇され、その多くがスンニ派アラブ人たちだった。スンニ派は、(欧米企業による)民営化後の企業で採用されることは少なかった。スンニ派を排除するために、シーア派の政治勢力はクルド人勢力と手を結び策動していったが、むろん米国の承諾を得てのことだった。米国も、また米国と手を結んだシーア派の政治組織も、フセインの出身宗派であるスンニ派に『罰』を与えようとする姿勢が露骨にあった」。   

「(イラク)市民たちに『イスラム国』を支持させる背景となったのは、米国のイラク戦争と、米国がつくった(イラクの)シーア派主体の(マリキ前)政権の腐敗と抑圧にまみれた政治手法であった」。

「(イラクのアバディ)新政権の組閣に当たってもイラク政府内部の腐敗がクロースアップされた。こうした政治腐敗が解消されないかぎり、イラク政府は民意とつながることができず、米軍やイラク政府軍は『イスラム国』の勢いを軍事力だけで封じることは決してできない」。

イスラム国がこれほど短期間に急成長できたのはなぜか。「米国は2013年春から、サウジアラビアやカタールとともに、(シリアのアサド政権を倒すため、米国が後ろ盾となっている)『自由シリア軍』に対する武器の移転を積極的に行うようになった」。「『イスラム国』は『自由シリア軍』よりも軍事的に強力となったため、両者の戦闘のなかで『イスラム国』が米国製の武器を容易に捕獲するようになっている」。

「『自由シリア軍』の兵士たちも腐敗しており、米国から供与された武器を『イスラム国』に売却し、現金を手にする者もいる。イラクのシーア派主体の政府軍から米国製の武器がブラックマーケットに流れることも、頻繁にある。米国が軍事的知識を『自由シリア軍』に与えれば、それも『イスラム国』に伝達される場合がある」。

イスラム国の中身はどうなっているのか。「『イスラム国』の主要な財源には、石油の密輸と身代金、また(占領地域で難民として流出していった人々の)不動産の奪取などがある。米軍の空爆と世界の石油価格下落の定着はその収入を減ずるものの、まったく消滅させるものではない。さらに『イスラム国』は、中東の内外の若者たちのリクルートに成功している。米国の空爆、攻撃のエスカレート、オバマ大統領をはじめとする米国政府高官たちの『イスラム国』への敵対発言は、『イスラム国』の求心力をいっそう高めることになっている」。「『イスラム国』はシリアの権力の空白に乗じても、勢力を拡大している。米国が支援する『自由シリア軍』の陣地を奪い、そこから米国製の兵器を獲得するようになった」。

「(『イスラム国』の)最高指導者のアブー・パクル・バグダーディは、『アル・イムラー』と呼ばれる執行部をもっている。そして、最高指導者の補佐を務めるのはアブー・アリー・アンバリーとアブー・ムスリム・トゥルクマーニーで、それぞれシリアとイラクを統括するが、彼らはサダム・フセイン政権時代の将校たちである」。

「(『イスラム国』の)地方行政には12人のワーリー(知事)がいるとされる。その知事を含めた『イスラム国』の閣僚25人のうち3分の1がフセイン政権時代の旧将校たちで、彼らのほぼ全員が米軍によって拘禁された経験をもち、彼らには米国がつくった秩序に反発する背景がある」。

「2014年8月下旬、米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏を殺害する動画に現われた覆面の『イスラム国』のメンバーは、イギリスでラッパーとして活動していたアブデル・マジェド・アブデル・バリー(23歳)と見られると、同年8月24日、イギリスの『サンデー・タイムズ』紙(電子版)が報じた。父親のエジプト人アブデル・アブドゥル・バリーは1998年のケニア・タンザニアの米国大使館爆破事件に関与していたとして、2012年にイギリスから米国に送還されている」。

若者たちがイスラム国に引き寄せられるのはなぜか。「欧米で暮らしているムスリムたちが『イスラム国』のようなイスラム過激派に転ずるのは、欧米での疎外感や社会的上昇性が閉ざされていること、さらには社会的偏見や差別などの存在を背景にしている。彼らは、欧米的な価値観はやはり自分たちの生きていく指針とはならないという思いを、強くもち合わせている」。

「(マリキ前政権の失政によって)若者たちは『イスラム国』の『ジハード』や『楽園への到達』というスローガンに吸い寄せられてしまった」。

イスラム国はいったい何を目指しているのか。「『イスラム国』はイスラム共同体のなかの(欧米が勝手に線引きした)国境を拒絶する。『イスラム国』は西欧の国家体系を認めず、文字どおり『イスラム国』『カリフ(預言者ムハンマドの正統な後継者)国家』の創設を考える。音楽と芸術を教科から外すように指導し、歴史もスンニ派イスラムの観点から教えるように指示されている」。

イスラム国は真のイスラムと言えるのか。「『イスラム国』は『真のイスラム』の信奉者を自任するものの、女子を奴隷として売りさばくなど、本来のイスラムから逸脱した行為を繰り返している。その様子はユーチューブの動画でも紹介されているが、とても至純なイスラムへの回帰とはいえない」。

「『イスラム国』の資金集めの手法、メンバーの集め方、暴力、全体主義的な考え方は、イスラムの原点回帰というよりも、ナチズムのように、近現代の世界史のなかで繰り返し現われてきた負の現象を典型的に表わしているかのようだ」。この著者の鋭い指摘には、思わず頷いてしまった。

米国の中東政策が混迷の度を深め、泥沼から脱却できないのはなぜか。「『イスラム国』の台頭で、米国の軍需産業には『好況』が訪れつつある」。「米議会でも、下院議員の選挙区、上院議員が選出される州に軍需産業の工場がある場合、軍需産業からの献金や、軍需産業が選挙のために行うメディアを使ったサポートは、選挙戦を勝利するためには欠かすことができず、議員たちも軍需産業が政府から契約を得ることに力を注ぐことになる」。

「米国の議員たちは多額の資金を、イスラエル・ロビーからも受けとっている。彼らの活動を批判すれば、政治家たちは社会的地位を脅かされたり、また選挙に当選することができなくなったりするため、米国は中東政策を軌道修正できないままでいる。米国によるシリア空爆やイスラエル支援は、その民主主義の暗部を表わすもので、米国が最上の価値とするその理念とはほど遠い」。著者の指摘は、痛烈である。

「イスラエルの核兵器保有は、大量破壊兵器保有の疑惑があるといって米国がイラク戦争を起こしただけに、イスラム世界では欧米諸国の『ダブルスタンダード』として、それもまた反米感情を募らせる要因になっている」。

「オバマ政権は、シリアでは『イスラム国』と『ヌスラ戦線』を弱体化させたい。そして、支援を続けてきた『自由シリア軍』がアサド政権を打倒することを考えている。しかしイランは、イラクでは米国の事実上の同盟国だが、アサド政権をずっと支えてきた。シリアでの戦闘は、米国によっては『解のない方程式』のようなものだ。米国は、イランにイラク政策で協力を求める以上、シリアのアサド政権を攻撃するわけにはいかない。そのこともあってイラクでは、『イスラム国』とアルカイダ系とされる『ヌスラ戦線』への攻撃だけを行っている。しかし、米国がこれらの組織に対して行う空爆が、『自由シリア軍』の勢力回復にまったく結びついていない」。「(米国が)アサド政権を攻撃し、その弱体化を図ることは、シリアでも米国と敵対するイスラム過激派を増長させることになる」。米国は深刻なジレンマに陥っているのだ。

この惨たらしい状況を終わせるには、どうしたらいいのか。「イランと米国との関係改善は、イラクやシリアを舞台にして活動する『イスラム国』の動きを封じるためにも、求められるものであろう。政治的安定があり、イラクのシーア派やシリアのアサド政権、またレバノンのヒズボラに影響力を行使できるイランは、中東政治の外交的・政治的努力による困難な問題の解決や改善のために不可欠な国であることは間違いない」。

「シリアやイラクでの『イスラム国』の台頭は、(失業率の高止まり、教育水準の低下、中間層の零落などの)社会的・経済的問題を背景にするもので、これらの問題の改善や解決がないかぎり、軍事力での制圧では、『イスラム国』の『根絶』には決して成功しないだろう」。「(イラク政府が)職の創出、インフラの再建、また社会サービスの充実だけで『イスラム国』の活動を停止することは難しいが、それがスンニ派の若者たちを『イスラム国』に駆り立てる不満を弱めたり、解消したりするだろうことは間違いない」。

「米国にはむしろ、同盟国であるペルシャ湾岸のアラブ諸国の一部富裕層による『イスラム国』や、シリアで活動するヌスラ戦線に対する、資金の流れを止めさせることのほうが、空爆よりも重要に思われる。またイラクでは、米国が支えるシーア派主体の政権が、『イスラム国』を支持するスンニ派の住民たちに経済的恩恵を与えていくべきだろう」。

「イスラム世界全体の急進的な潮流に幅広く目を配らずに、『イスラム国』ばかりに注意が集中するようだと、米国の『対テロ戦争』は果てしないものになるし、日本などの同盟国もつき合わされ続けることになるだろう」。本書がイスラム世界の全体像を学ぶ第一歩となるだろう。

戦争地帯で苦しんでいる子供たちに温かい目を注ぎ続けた真のジャーナリスト・後藤健二に合掌。