榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

現役社会科教師の気迫と問題提起力・・・【情熱的読書人間のないしょ話(158)】

【amazon 『仕事に効く教養は中学3年間の社会科で学べる』 カスタマーレビュー 2015年8月31日】 情熱的読書人間のないしょ話(158)

夕刻の散策中、白粉(おしろい)のような甘い香りに誘われて近づいたら、夕闇の中にオシロイバナの赤紫の花がひっそりと咲いていました。

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閑話休題、『仕事に効く教養は中学3年間の社会科で学べる』(井上烈巳著、KADOKAWA)には、予備校や中学・高校で社会科を教えている現役教師の気迫が籠もっています。現在、社会科ではどういうことを教えているのか、また、本当に社会人の仕事に役立つ内容なのかという疑問にしっかり答えてくれました。

現在の社会科は、地理、歴史、公民から構成されているそうですが、この広範な指導項目の中から、これぞという22項目が選び出されています。それぞれの解説では、日々の授業で培った経験が巧みに生かされています。さらに、この項目を学んだ上で何を考えなければならないか、具体的な問題提起がなされています。

これらの作業を通じて、「社会科とは、究極的には今を生きる能力を養う科目」なのだという実感が得られました。確かに、大人にも役立つ視点や思考回路が学べることが納得できました。

地理では、「日本の『食料自給率40%』はウソ?」という項目に目が釘づけになりました。食料自給率は、世界的な食料危機を念頭に置いて、危機感を煽るために使われることが多い数値ですが、カロリーベースと生産額ベースという2つの計算方法があります。「社会科で学習した世界の食料自給率は、実は日本の農林水産省が『独自に(=勝手に)』カロリーベースで試算したもので、各国が自ら発表しているわけではありません。つまり、世界のほとんどの国が計算もしていない不思議な数値を使って、食料危機のイメージだけが増幅されていた」というのですから、呆れてしまいます。因みに、生産額ベースで算出すると65%になることが明らかにされています。

歴史では、織田信長が発した有名な楽市令の本質について、長いこと思い違いをしていたことを教えられ、目から鱗が落ちました。「中学校の歴史の教科書でも必ず習うこの楽市令は、まるで商人に自由な活動を認めたかのような理解をされがちですが、実際のところ、多くの場合は、領主(信長)の利害によって商人の活動が制限された内容になって」いるというのです。付近の街道の通行制限を行い、商人の自由往来を禁止することで、安土の通過や宿泊を事実上、強制すると同時に、徳政令をちらつかせて債権者の立場にある商人を脅し、安土での滞在を半強制的に押し付けていたのです。すなわち、「信長は、強引とも思える商人招来を『規制緩和』の名のもとに行い、商人たちをできるだけ多く長く滞在させることによって安土の城下町を繁栄させ、領国経済支配の要にすることを図っていた」のです。単純に商人や商業を自由化するといった開放的な政策ではなかったことが明示されています。

公民では、「自民党政治に見る数の論理」の項目が大変勉強になりました。終戦直後から今日に至るまでの自民党を中心とした政界の70年間の歴史が要点を押さえてまとめられているからです。鳩山一郎、吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄らの政治的系譜や政治姿勢が、たった15ページでしっかり理解できるように仕上げられていることに、著者の並々ならぬ力量が窺われます。現在の安倍晋三に対する痛烈な指摘には、著者の問題意識、危機意識が濃厚に漲っています。