散歩好きの著者が、「散歩本」42冊の舞台を実際に歩いてみた・・・【情熱的読書人間のないしょ話(911)】
カルガモたちが盛んに水浴びをしています。コスモスが風に揺れています。カツラの茶色い落ち葉は、仄かに醤油のような香りがします。因みに、本日の歩数は10,828でした。
閑話休題、『散歩本を散歩する』(池内紀著、交通新聞社)は、「散歩本」45冊を手掛かりに、著者がその舞台を実際に歩いて綴ったエッセイ集です。
「絵図を手引きに中山道へ 『新装版 今昔中山道独案内』 今井金吾著」に導かれて、中山道の板橋宿を歩きます。そして、この節はこう結ばれています。「(『いたばしボローニャ子ども絵本館』の)向かいが銭湯で、ちょうど開業の時刻とみえて、ノレンが下がった。気がつくと旧宿3つを歩いたわけで、トシヨリが疲れを癒やすには絵本よりもお湯がいいのだ。日本橋を遅立ちして夕方宿に入った旅人のこころもちで、いそいそとノレンをくぐった」。添えられている「池内紀的おすすめスポット」には、「私がつかったのは絵本館向かいの竹の湯だが、ほかにも旧道をはさんで愛染湯、梅の湯、一の湯、金松湯・・・旧宿界隈が銭湯の多いところのようで、利用しない手はないのである。湯上がりには近くの居酒屋に寄り道。見ようによれば、ごく安く温泉プラス御馳走の一夜を迎えられる」とあります。そうか、散策には、こういう手もあったのか、と頷いてしまいました。
「善福寺川の二人 『荻窪風土軌』 井伏鱒二著」は、善福寺川巡りです。「(井伏鱒二は)昭和2(1927)年、29歳のとき、荻窪に土地を見つけて家を建てた。・・・それから半世紀あまり、『荻窪風土軌』はこの地で知った人々、遊び仲間たち、毎日のように散歩していた界隈のことを愛情こめてつづったものだ。その中の一篇『善福寺川』が、かつて東京郊外を流れていた清冽な川の面影をつたえている。『井荻村(現・杉並区清水)へ引越して来た当時、川南の善福寺川は綺麗に澄んだ流れであった』」。
「隠者がつくった浅草絵図 『大都会隠居術』 荒俣宏編著」では、隠居というものが上手く表現されています。「隠居という生き方がある。フランス語でいうとランチエ。世の中から身を引いて、ひっそりと好きなことをして暮らす。リタイヤ後の人が念願とする生き方である。職を離れてヒマになったからといって、すぐになれるわけではない。ランチエがもともと『金利』をあらわすラントからできたように、暮らしを保証する十分な元金を前提にしており、さらに金利で十分にやっていけるだけの資産がなくてはならない。それともう一つ、無限の好奇心が必要だ。効用も実利もなしに没頭できる何か。『大都会隠居術』を編んだ荒俣宏のいう『子供のように無邪気に、王のように贅沢に、都会で暮らしていく手立て』である。明治・大正はともかく荒ぶれた昭和時代にあって、あざやかに隠居生活をやってのけた一人として、紫花菱(むらさき・かりょう)が紹介されている」。資産や金利はともかく、好奇心の点だけは、私にも隠居の資格があるようです。