榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

少女時代に熱狂的に憧れた俳優が落ちぶれて目の前に出現したとき、「私」が取った行動とは・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1940)】

【amazon 『世界堂書店』 カスタマーレビュー 2020年8月6日】 情熱的読書人間のないしょ話(1940)

幸運にも、ヤマトシジミの交尾を目撃することができました(写真1)。ヤマトシジミの雌(写真2、3)、ツマグロヒョウモンの雌(写真4)、イチモンジチョウ(写真5)、コミスジ(写真6)、ジャノメチョウ(写真7、8)、ヒメウラナミジャノメ(写真9)、コジャノメ(写真10)、サトキマダラヒカゲ(写真11~13)、ギンツバメ(写真14)をカメラに収めました。

閑話休題、短篇集『世界堂書店』(米澤穂信編、文春文庫)には、編者が選りすぐった各国の短篇15が収められています。

その中で、とりわけ強い印象を残したのは、『昔の借りを返す話』(シュテファン・ツヴァイク著、長坂聰訳)です。

大病院の院長夫人がストレス解消を目的とした2週間の休養を夫から勧められ、山村の田舎風のレストランホテルに向かいます。「すべてが私が願っていたとおりすばらしいことに私は気がつきました。部屋は明るい松材でできた家具といっしょに白く輝き、お客が誰もいないために私の専用のようになったヴェランダからは果てしない遠くまで展望がききました。・・・おかみは、やせた、気のいい、白髪まじりのティロールの人なのですが、私が訪問客に邪魔されたりわずらわされたりすることはけっしてないはずだと再度請け合ってくれました。といっても毎夕7時過ぎには役場の書紀や村の駐在所の主任やその他何人かの近所の人がワインを飲んだり一品料理を食べたり雑談をしたりするためにレストランにやって来る、だけどみんな静かな人たちで11時にはみんな帰って行く、そして日曜日には教会の帰りに、もしかすると午後にも、ここは山や農場からの農夫たちの帰り道になるから、何人かの話好きがやって来るけど、そこからは私の部屋まではほとんど何も聞こえないだろう、ということでした」。

滞在初日の午後9時ごろのこと、レストランに風変わりな男が入ってきます。「この風変わりな客の奇妙さを誰も不思議がらないようでしたが、このよそ者はこの無愛想な対応にも意に介しませんでした。・・・誰からもどうぞという言葉はかかりませんでした。3人の勝負師はたいへんな熱心さでトランプに打ち込んでいましたし、農夫たちは席をつめる気配を少しもみせませんでした。そして私自身は、この異様な振舞いに少し居心地の悪さを感じ、またこのよそ者の話しぶりに恐れをなして、あわてて本を取り上げました」。

「彼は65歳ぐらいでしょうか。がっしりした肥満体で、医者の女房として私がなんとなく身につけた経験からすれば、彼が入ってきたときからもう私の目についた、足を引きずる大儀そうな歩き方の原因が何なのか、すぐわかりました。脳梗塞が彼の片方の半身を軽度の不随にしているにちがいありません。・・・彼の風采全体には何かおちぶれた感じがありましたが、それでもこの人がかつて然るべき活動をしていたのかもしれない、ということはありそうに見えました。・・・心臓がどきどきしました。何かが私をこの、(他の客たちから)侮辱を受けた人に惹きつけさせたのです。私にそれがすぐにわかりました。この人はかつては多少ともひとかどの人だったにちがいない、それがどういうわけかで――たぶん飲酒癖ででしょう――こんなどん底までおちぶれたのだ、と。私は、彼か他の人がいざこざを起こしてはしないかという恐怖から、もうほとんど息ができなくなっていました」。

その男が救貧院で暮らしていて、毎晩、おかみからビールをグラス一杯おごってもらっていること、そして、彼の名がペーター・シュトゥルツェンターラーということを、おかみから聞き出した「私」は、腰が抜けるほど、びっくりします。「救貧院からきたこのおちぶれた、酒で身をもちくずした、半身不随の老人が、私たちの青春時代の神様、私たちの憧れの君以外の人であるはずがないのです。ペーター・シュトゥルツとして、私たちの市の市立劇場の俳優として、それに二枚目の第一人者として私たちにとって高貴と崇高の化身だったあの人、私たちがふたりとも――あなたはもちろん覚えてらっしゃるわ――半分は子供の乙女として馬鹿みたいに賛嘆した、狂ったみたいに好きだったあの人なのです。レストランで彼が口に出した言葉ですぐに私がなんだか落ち着かなくなったのがなぜなのか、このときにほんとにわかりました」。

少女時代の2年間、親友と一緒に夢中になった俳優と「私」との間には、実は、親友にも隠し続けてきた、きわめつきの秘密があったのです。「私」は、25年前の秘密をまざまざと思い出します。その後、階段を降りて、もう一度食堂に戻った「私」は、かつての憧れの君にどういう態度を取ったのでしょうか――。