『逆ソクラテス』は、現代の『今昔物語集』だ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2244)】
キノコの傘に雨水が溜まっています。
閑話休題、短篇集『逆ソクラテス』(伊坂幸太郎著、集英社)に収められている『逆ソクラテス』を読んで、3つのことを考えました。
第1は、読み手に「先入観に囚われるな」という教えを伝えている点で、説話集『今昔物語集』を思わせること。
この作品では、久留米という教師から事あるごとに貶められている草壁という小学生が、同級生の安斎から「僕はそうは思わない」という台詞を口にすることを勧められ、そのアドヴァイスを実行することによって、大きく変身していきます。教師を始めとする大人から先入観で決めつけられそうになったときの、「奴らに負けない方法」だというのです。
第2は、さすが、伊坂幸太郎、単なる説話物語で終わらせずに、最後の最後に逆転劇を仕込むことで、奥行きを感じさせる捻りを利かせていること。
草壁がプロ野球選手として活躍する一方で、転校後、行方が分からなかった安斎が社会的に褒められるような存在にはなっていないことが匂わされています。私の経験でも、子供時代、学生時代に目を惹いた友達が社会に出てからどうなったか、逆に全然目立なかった友達が社会的に成功していたりして、想定外の有為転変に驚かされることがしばしばありました。
第3は、その人に出会わなければ、違う人生を歩んでいただろうというような人と遭遇することが、人生では確かにあるということ。
草壁にとっての安斎のような恩人に出会えた人は幸せです。私の場合は、都立富士高1年時の担任・唐木宏先生との出会いが、私を大きく変えてくれました。個人面談で、その直前の中間テストで唐木先生が担当する物理で酷い点数だったことを叱責されると覚悟していたのに、先生は、「榎戸君は、他の人が持っていない、優れた素質に恵まれている」と言いながら、「好漢、奮起せよ」と書いたメモを手渡してくれたのです。これ以降、この「好漢、奮起せよ」という言葉に、どれほど励まされてきたことでしょう。