絵画に描かれた美貌のひとを巡る興味深いエピソード集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2376)】
ハロウィーンが近づいてきましたね。
閑話休題、『美貌のひと(2)――時空を超えて輝く』(中野京子著、PHP新書)で、とりわけ印象深いのは、レディ・ゴダイヴァ、クララ・シューマン、マリー・ゾフィー・アマーリエの3人です。
●レディ・ゴダイヴァ(画家:ジュール・ジョセフ・ルフェーブル)――
「日本でも人気の高級ベルギー・チョコレート。その代名詞といえるのが『ゴディバ(GODIVA)』。パッケージのロゴが印象的なので、知る人も多いだろう。長い髪を風になびかせ、一糸まとわぬ姿で馬に乗る女性がデザインされている。・・・中世イングランドに実在したとされるレディ・ゴダイヴァ(Lady Godiva)。日本語表記が異なるだけで、ゴディバとゴダイヴァは同じスペルだ。彼女にまつわる伝承は――。11世紀のイングランド。中部マーシア王国の領主が、コヴェントリーの町を壮麗な建造物で飾りたてようと、さまざまな名目で増税を課していった。それに心を痛めたのが、他ならぬ領主夫人レディ・ゴダイヴァ。貧困にあえぐ領民をこれ以上苦しめないでほしいと、何度も夫に懇願した。領主は夫人を黙らせるため、こう言った。『もしあなたが裸で馬に乗って街を廻るなら、税を引き下げてやってもよい』。レディ・ゴダイヴァは悩んだ末に、それを決行することにした。だが行動に先立ち、お触れを出して曰く、かくかくしかじかの理由から馬で通るが、その時間は家に閉じこもり、外を見ないでほしい、と。人々は領主夫人に感謝し、窓も扉も閉め切って、通り過ぎる蹄の音に息を詰めて聴き入った。領主もまた彼女がやり抜いたことに敬意を表し、約束どおり税を引き下げた(チョコレート会社の創業者が社名をレディ・ゴダイヴァから取ったのは、遠い昔の女性のこの勇敢な滅私行為に感銘を受けたためという)」。今度ゴディヴァのチョコレートを食べるときは、デザインをしっかり見なければ!
●クララ・シューマン(画家:アンドレアス・シュタウブ)――
「秀でた額、くっきりした濃い眉、理知と情熱が入り混じり、見る者を吸い込むような深々とした眼差し・・・その容貌と同じく、端正そのものの演奏によって19世紀ヨーロッパで一世を風靡した天才ピアニスト、クララ・シューマン、20代の肖像である。・・・(父に)従順だった幼い少女は17歳になると一途に恋する乙女へ変じ、父の内弟子で詩才もある9歳上のローベルト・シューマンに夢中になり、結婚を望む。父の怒りは凄まじく・・・(漸くクララが21歳の誕生日を迎える前日に結婚し)甘い結婚生活が始まるが、ロマンティックな男との日常は女であるクララに厳しい現実を突きつけた。父のシューマン評は――作曲の才能を除き――どれも当たらずといえども遠からずだったのだ。・・・クララが(8人目の)末子を産んだのはシューマンの(精神病院)入院後だったので、世間は(14歳年下の)ブラームスの実子に違いないとささやいた。そう思われても仕方がないほど二人は親密だったし、ブラームスが生涯独身だったこともその噂を補強した」。クララ・シューマンがこんなに美しかったとは、本書で初めて知りました。
●マリー・ゾフィー・アマーリエ(画家:伝ハインリヒ・フォン・マイヤー)――
「整ったうりざね顔、りりしい眉、つり上がり気味の目、そして漆黒の髪・・・花嫁姿のこの女性は、(ハプスブルク家の)エリザベート(皇后)の4つ下の妹マリー・ゾフィー・アマーリエ・イン・バイエルン(結婚後の正式名はマリーア・ソフィア・ディ・バヴィエラ)。姉に劣らぬ美貌であった。・・・(18歳で両シチリア王国の王と結婚したが、翌年に叛乱軍に包囲された)若いマリーは自軍の兵士を鼓舞し、『戦う王妃』の異名を取ったが、数ヵ月後に要塞は陥落。両シチリア王国は消滅。ローマ、次いでパリでの亡命生活を余儀なくされた。その間に夫も生まれたばかりの王女も亡くし、マリーは他の亡命王族たちとともにイタリア奪還を目指して国外で画策を続けた。・・・マリーはこうして戦い続けたわけだが、しかし私生活には恋も紛れ込み、ローマで夫との間ではない双子を産んでいる。高貴で美貌の若き未亡人は奔放さでも有名になり、スキャンダルも多く、後に姉のエリザベートに咎められて疎遠となった」。必ずしも美貌が幸福を約束するものではないことが分かりますね。