榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

池田晶子の本を読んで、考えたこと・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2710)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年9月17日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2710)

ガのヒメシャク亜科の一種(写真1)、ツゲノメイガ(翅裏。写真2)、コシアキトンボの雄(写真3)、アオイトトンボの雄(写真4)、ツマグロオオヨコバイ(写真5)、ササキリの雌の終齢幼虫(写真6)をカメラに収めました。千葉・流山の流山おおたかの森ショッピング・センターで恐竜たちに遭遇しました。

閑話休題、『言葉を生きる――考えるってどういうこと?』(池田晶子著、ちくまQブックス)を読んで、真っ先に感じたのは、池田晶子というのは少し変わった人だなということです。なにしろ、ワープロ、パソコン、携帯電話、クレジット・カード、コンビニエンス・ストアなんて、必要ないと断言しているのですから。

しかし、こういう人だからこそ、他の人と異なる発想ができるのかもしれませんね。

本署で、私の印象に残ったのは、下記の3つです。

「『自分を味わう』ということは、ひとりはつまらないからと付き合うつまらない他人なんかより、はるかに面白いことだと言えましょう。なぜなら、この『何者でもない自分』とは何なのか、内側へ向かい探索を始めれば、果てというものがない。無限の深みへとそれは自ずから誘うものだから、飽きようにも飽きようがない。退屈なんてしようがないのです。このような事態を私は『思索する』、自分を思索することだと言っていますが、この自分を思索することの面白さこそ、孤独であることの特権ではないでしょうか。・・・まあ大げさに『思索』などと言わなくとも、普通に読書をするという経験を考えてみても、わかること。読書というのは、まったく孤独な経験です。そうではないですか。複数の人間で読書をするということはあり得ない。たとえ複数で集まって読書しても、それを読み、味わい、理解するのは、たったひとりのこの自分でしかない。けれども、このひとりで本を読むという時間の、なんと豊かで賑やかなこと、ひとりで、孤独であるからこそ、書物の中の人物や、それを著わした人物たちと、時空を超え自在に交流することができるのですから。これはまったく、孤独な精神にのみ与えられる一種の恩寵だと言うことができます」。

「急げ急げ、乗り遅れるなと、人々は生きている。しかし、いったい『何のために』急いでいるのか、『何から』乗り遅れることを怯えているのか、誰もが一度は、自分にきちんと問うてみるべきではなかろうか。おそらく人は言うだろう、『ビジネス』と。それでは、『何のための』ビジネスか、あなたの人生にとって、ビジネスとは何か。忙しがって、競い合って、慌ただしく過ごされて、わけもわからずに死んで終わる一生、そのような一生を『よい』人生と思うことができるのなら、そのような人生にとっての『便利さ』とは、したがって、それ自体が目的である。便利であることそれ自体がよいこと、求められるべき価値なのである。しかし、本来、便利さとは、それによって節約された時間や手間を、よりよい目的のために使うことができるからこそ、価値であったはずである。よりよい目的とは何か。決まっている。よい人生を生きることである。人生の意味と無意味を、自ら納得して生きる人生のことである」。

「死ぬのが嫌で、いつまでも生きていたいと思う人間の欲望が、こういう不気味な世界を作り出すことになる。死ぬと言う自然を、自然として受け容れてこなかった結果なんだ。むろん命は大事なものだ。だけど命が大事なものなのは、死ぬということがあるからだ。人間は必ず死ぬものだからこそ、生きていることが大事なことになるんだ。死ぬということがなくて、いつまでも生きている命、いくらでも作り出せるような命が、どうして大事なものであり得るだろう。命が大事で、いつまでも生きていたいという不自然な欲望をもったがために、逆に命が大事なものでなくなってしまうんだから、本当に皮肉なことだ。こういう愚かしくも不自然なことをする人間は、はたして自然なんだろうか、不自然なんだろうか。宇宙という自然における人間という存在とは何だろう」。