榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

森鴎外は大逆事件に対する政府の仕打ちをはっきり批判していた・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2835)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年1月20日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2835)

アカハラの雄(写真1、2)に遭遇しました。ツグミ(写真3~5)、アオジの雄(写真6、7)、雌(写真8、9)、ジョウビタキの雄(写真10、11)、雌(写真12、13)、シジュウカラ(写真14~16)をカメラに収めました。

閑話休題、2023年1月11日に放送されたNHK・BSプレミアムの『英雄たちの選択 森鴎外・37歳の転機――小倉“左遷”の真実』で、森鴎外の短篇『沈黙の塔』(森鴎外著、ちくま文庫『普請中・青年――森鴎外全集(2)』所収)の重要性に言及されていたので、早速、読んでみました。

「『誰が殺しますか』。『仲間同士で殺すのです』。『なぜ』。『危険な書物を読む奴を殺すのです』。『どんな本ですか』。『自然主義と社会主義との本です』」。

「丁度その頃この土地に革命者の運動が起っていて、例の椰子の殻の爆裂弾を持ち廻る人達の中に、パアシイ族の無政府主義者が少し交っていたのが発覚した。そしてこのPropagande par le faitの連中が縛られると同時に、社会主義、共産主義、無政府主義なんぞに縁のある、ないし縁のありそうな出版物が、社会主義の書籍という符牒の下に、安寧秩序を紊るものとして禁止せられることになった」。

「新聞に殺された人達の略伝が出ていて、誰は何を読んだ、誰は何を翻訳したと、一々『危険なる洋書』の名を挙げてある。己(おれ)はそれを読んで見て驚いた。Saint-Simonのような人の書いた物を耽読しているとか、Marxの資本論を訳したとかいうので社会主義者にせられたり、Bakunin、Kropotkinを紹介したというので、無政府主義者にせられたとしても、読むもの訳するものが、必ずしもその主義を遵奉するわけではないから、直ぐになるほどとは頷かれないが、嫌疑を受ける理由だけはないとも云われまい」。

「パアシイ族の目で見られると、今日の世界中の文芸は、少し価値を認められている限は、平凡極まるものでない限は、一つとして危険でないものはない。それはそのはずである。芸術の認める価値は、因襲を破る処にある。因襲の圏内にうろついている作は凡作である。因襲の目で芸術を見れば、あらゆる芸術が危険に見える。芸術は上辺の思量から底に潜む衝動に這入って行く。絵画で移り行きのない色を塗ったり、音楽がchromatiqueの方嚮に変化を求めるように、文芸は印象を文章で現そうとする。衝動生活に這入って行くのが当り前である」。

「芸術も学問も、パアシイ族の因襲の目からは、危険に見えるはずである。なぜというに、どこの国,いつの世でも、新しい道を歩いて行く人の背後には、必ず反動者の群がいて隙を窺っている。そしてある機会に起って迫害を加える。ただ口実だけが国により時代によって変る。危険なる洋書もその口実に過ぎないのであった」。

明治43年11月に書かれたこの短篇は、言うまでもなく、同年5月の大逆事件に触発されたものでしょう。それにしても、鴎外が大逆事件に対する政府の仕打ちをこれほどはっきり批判していること、そして、無政府主義や社会主義に理解を示していることに驚かされました。