腐った一枚の畳の上に、二十二、三位の若い婦人が、全身を全裸のまま仰向きに横たわっていた・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3046)】
【読書クラブ 本好きですか? 2023年8月20日号】
情熱的読書人間のないしょ話(3046)
エノコログサ(写真1、2)の穂が風に揺れています。メマツヨイグサ(写真3~5)が咲いています。
閑話休題、『葉山嘉樹短篇集』(葉山嘉樹著、道籏泰三編、岩波文庫)に収められている『淫売婦』は、これまで出会ったことのない衝撃的な短篇小説です。
1912年頃だったと思うが、7月下旬の夕方、欧州航路から帰国して間もない船員の「私」は、横浜のメリケン渡戸場で、蛞蝓(なめくじ)のような顔の男から声をかけられます。
その蛞蝓男に持ち金を捲き上げられ、ガランとした、だだっ広い妙な部屋に連れていかれます。「『あそこへ行ってみな。そしてお前の好きなようにしたがいいや、俺はな、ここらで見張っているからな』。このならず者はこう云い捨てて、階段を下りて行った」。
「ビール箱の蓋の蔭には、二十二、三位の若い婦人が、全身を全裸のまま仰向きに横たわっていた。彼女は腐った一枚の畳の上にいた。そして吐息は彼女の肩から各々が最後の一滴であるように、搾り出されるのであった。・・・頭部の方からは酸敗した悪臭を放っていたし、肢部からは、癌腫の持つ特有の悪臭が放散されていた。こんな異様な臭気の中で人間の肺が耐え得るかどうか、と危ぶまれるほどであった」。
「『あまりひどいことをしないでね』と、女はものを言った。その声は力なく、途切れ途切れではあったが、臨終の声というほどでもなかった」。
この女は蛞蝓男たちに搾取されているのだと思い込んだ私は、義憤を感じ、蛞蝓男共を叩き壊し、女を救おうと決心します。
ところが、思いもかけない展開が・・・。
荒川洋治が『文庫の読書』で評しているように、この臭気漂う作品は、間違いなく、「苛烈な名作」だと思い知らされました。