榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

会社を辞めたくても、今日から1年だけ待ちなさい・・・【あなたの人生が最高に輝く時(5)】

【MR・メディカル専門職の転職 2011年10月5日号】 あなたの人生が最高に輝く時(5)

「続職」の勧め

仕事柄、そのタイトルに引き寄せられ、『会社を辞めるのは、「あと1年」待ちなさい!――続職(ゾクショク)のススメ』(石田淳著、マガジンハウス)という本を思わず購入してしまった。そして、読んで唸ってしまった。

「あなたは、今の仕事に満足していますか? 今の職場で、定年まで働きたいですか? あなたが定年になるまで、今の会社はつぶれないと思いますか?」という著者の問いかけの全てに「はい」と答えた人は、幸せな人である。この本は不要である。

一つでも「いいえ」と回答した人の選択肢は「転職」と「起業」ということになるのだろうが、著者は第3の選択肢として「続職」を提案している。彼の意味する「続職」は、「1年後の今日、転職か、起業か、今の会社にとどまるかの結論を出す」というもの。いきなり結論を出すのではなく、結論を出す日を決めるのだ。そして、今日から1年と期間を限定して、目の前の仕事に積極的に取り組んでみろというのだ。真剣に「続職」を実行すれば、あなたの考え方も習慣も劇的に変わるというのである。

「仕事に嫌気が差しても、勢いで辞表を出すのは厳禁。まずは、積極的に今の会社で『続職』をしてみる。今の仕事にだけしがみついたら、会社に足元を見られる。まずは『1年後』に目を向けて、働き方を変えていく。目標は『どんな決断をしても大丈夫な自分』になること」が、著者のアドヴァイスのポイントである。

なぜか無愛想な新人

あるプロジェクトで30名の異業種出身者を採用し、MR認定試験に向けた導入教育が始まった。千葉・幕張のホテルに全員が缶詰めとなっての長丁場の教育研修だったので、節目節目に懇親会を開いて激励に努めたものだ。ところが、ホテルでの懇親会でも、居酒屋での懇親会でも、ちゃんこ料理店での懇親会でも、なぜか、いつも無愛想な新人が気に懸かった。前職時代は2級建築士として建設会社で頑張っていたが、MRを目指して転職してきた28歳のH君である。

多少疲れていようと、少々体調が悪かろうと、懇親会の席で社長から酒を注がれ、声をかけられたら、元気そうな顔で対応する新人がほとんどなので、無愛想が際立つH君のことが気になったのである。失礼な奴という気持ちよりも、なぜ、いつもこんなに無愛想なんだろう、体調がかなり悪いのに無理して受講を続けているのではないか、それとも、何か心の中に不満を抱えているのだろうか、仲間とうまくいっていないのだろうか、あるいは、MRを目指したことを今になって後悔しているのだろうか――と、いろいろ思いを巡らせてしまう。

彼の下の名前が坊主風の珍しいものだったので、「あなたの親御さんはお寺なの?」と話を向けても、答えは「違います」の一言だけ。たまたま彼と同じ名前の基幹病院の薬局長の話をしても、「そうですか」だけで取り付く島がない。建設会社では何とかやってこられても、MRとしてやっていけるのだろうか。

その後、MR認定試験に合格し、MR活動をしているH君について、彼を担当するプロジェクト・マネジャーから心配な情報がもたらされた。H君が契約先の自社MRを管轄する課長に睨まれて苦労しているというのである。状況に気づいたプロジェクト・マネジャーが直ちにH君本人に確認し、その課長と話し合ったことはもちろんである。しかし、彼は担当エリアを交替させられてしまう。その新担当エリアに漸く慣れてきたころ、何と、また担当エリアを変えられてしまったのである。心配する私に、H君は「私は大丈夫です」と答えるのみであった。

最優秀MRへの変身

やがて、入社後2年が経過し、H君は担当エリアで最も頼りにされるMRに成長していた。契約先の課長の交替があり、H君の口数は少ないが、その陰日向のない仕事ぶりが評価され、仲間からも一目置かれるようになっていた。H君の誠実で行き届いたMR活動に対して、担当ドクターやコメディカルたちから厚い信頼・支持が寄せられているという背景があったことは、言うまでもない。

その1年後、H君には、その製薬企業で働く全MR(製薬企業MR+コントラクトMR)の中で最優秀との折り紙が付けられていた。そして、私を訪れたH君は「製薬企業から、ぜひ転籍してほしいとの申し出を受けているのですが、私はこのまま頑張ります!」と宣言した。その夜は、これまでになくH君と会話を交わすことができたのだが、彼が挫けずにここまで頑張ってこられたのは、「当社に応募する時、エージェント(人材紹介会社)のキャリア・アドヴァイザーから受けた親身なサポートを忘れたくない、各社の面接を突破することができなかった自分を拾ってくれた社長に恩返ししたい、契約期間の途中で仕事を投げ出したくないという思いが自分を支えてきた」と言うのである。彼と飲んだ生ビールの何と腹に、そして胸に染みたことか。