榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

美女は得な人生を送ることができるのか・・・【山椒読書論(29)】

【amazon 『嘆きの美女』 カスタマーレビュー 2012年5月9日) 山椒読書論(29)

高校時代に、「美女は得な人生を送ることができる」という命題が真か偽かを問うような小説を書きたいと思いながら、遂に果たせなかった。このことをほろ苦く思い出しながら、『嘆きの美女』(柚木麻子著、朝日新聞出版)を読み出したのだが、これが滅法、面白い。

「女子大卒業後に入社した保険会社は、同僚になじめず半年で辞めた。アルバイトも続かない。一日の大半を自宅のパソコンの前で過ごすようになってから、個人ブログに揚げ足取りのコメントを大量に残し『炎上』させたり、個人情報を調べ上げたり、嫌がらせのメッセージを送ったり、ヲチ板を立ち上げてののしることが、耶居子(やいこ)の生きがいになっていた」。

「『嘆きの美女』を発見した時は、これは潰しがいがある、とほくそえんだ。美人ならではの悩みを、美人同士で意見を出し合って解決しよう――。このフレーズに意外なほど多くの女が反応し、読者登録数は三千人を超える。ストーカーや痴漢を撃退したい、しつこく誘ってくる同僚を遠ざけたい、同性に嫉妬をされたくない・・・。自慢にしか思えない『悩み』が次々に書き込まれ、住人たちの毒にも薬にもならないような助言によって解決されていく。その生ぬるさに、途方もなくイラついた」。

ところが、ひょんなことから、このひがみ根性の化身ともいうべき主人公は、美人専用悩み相談サイト「嘆きの美女」のメンバー4人と長期間、共同生活を送ることになってしまうのだ。

自分は「コンプレックスにがんじがらめになって、結局何一つ周りが見えていなかったのだ」と気づく一方で、「無職の上に容姿も性格も悪いけれど、ここにいる美女たちより、自分の方がはるかに面白いのは事実だ。毒もユーモアもたっぷり、お高くとまった奴らをこき下ろすことにかけては誰にも負けない」と、美女たちの眩しさに負けまいと、何とか心を奮い立たせようとする。

「でも、安全な場所で好きなものだけ見つめて生きていくのって、なんか違う気がする。思い切って、苦手な領域に飛び込むことで見えてくるものもあんのかなって、最近思うようになった。少なくとも恨みやわだかまりからは解放された気がするんだよね」と、生きる手応えのようなものを感じ出した主人公は、「こんな風に自分から人とつながりたいと思うのは生まれて初めてだ。美人にならなくても、世間に合わせなくても、伸び伸びと生きることはできるのかもしれない。周りを明るく照らし出す、太陽のようなエネルギーと表現手段さえあれば」と、むくむくと気力が湧いてくる。

やがて、「どうして自分がこれまで誰からも愛されず、大切にされなかったか、やっとわかった。美しくないからではない。変わっているからでも、不器用だからでも、内弁慶だからでもない。一度として『ありがとう』を口にしなかったからだ」と、身も心も変身していくのだが、この後、大波瀾とどんでん返しが待ち構えている。

「美人が楽に生きられるなんて、それは美しくない者のひがみと幻想です。美しいというだけで、さまざまな怒りや嫉妬のはけ口になってしまう。悲しみを呼び寄せてしまうのは事実です。美しい人が自分を見失わず、信じた道を歩いて行くのは並大抵のことではありません」という結論が、心に染みる小説だ。