芭蕉の俳句をじっくり味わうのに最適な一冊・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3566)】
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閑話休題、『松尾芭蕉 おくのほそ道』(松浦寿輝選・訳、河出文庫・古典新訳コレクション)には、『おくのほそ道』の現代語訳、著者が選んだ芭蕉の百句、連句が収められています。
『おくのほそ道』で、とりわけ印象深いのは、●平泉、●尿前(しとまえ)の関、●市振、●金沢、小松――の4つです。
●平泉
<夏艸(なつくさ)や兵共(つはものども)が夢の跡>(かつてこの地で義経の一党や藤原氏の一族が繰り広げた激戦の記憶も、夢まぼろしのごとく消え失せ、今やただ、夏草の生い茂る野が広がっているばかりだ)
●尿前の関
<蚤虱(のみしらみ)馬の尿(ばり)する枕もと>(蚤や虱にたかられたうえ、枕元に馬が小便をする音が伝わってくる、そんな惨めな宿に泊まることになろうとは)
●市振
<一家(ひとついへ)に遊女も寝たり萩と月>(僧形の風狂人と遊び女(め)とが同じ宿に泊まるという、不思議な巡り合わせになるのも旅の一興か。夜半、ふと外を見ると、静かな月の光を浴びて紅紫色の萩の花が咲いている)
●金沢、小松
<むざむやな甲(かぶと)の下のきり〲す>(老雄実盛がこの兜をかぶって奮戦し、非業の死を遂げたことを思うと、無惨の念にたえないが、しかしそれもこれもすべて遠い過去となり、いまはただ兜の下に身をひそめるコオロギが、かぼそくひっそりと鳴いているばかりだ)――「〲」は「ぎり」を表しています。
「百句」で心惹かれるのは――
●行雲(ゆくくも)や犬の欠尿(かけばり)むらしぐれ
●枯枝に烏のとまりたるや秋の暮
●あさがほに我は食(めし)くふおとこ哉
●野ざらしを心に風のしむ身哉
●明ぼのやしら魚しろきこと一寸
●つゝじいけて其陰に干鱈(ひだら)さく女
●田一枚植て立去る柳かな
●初しぐれ猿も小蓑(こみの)をほしげ也
●病鳫(やむかり)の夜さむに落て旅ね哉
●秋ちかき心の寄(よる)や四畳半
●此道や行人(ゆくひと)なしに秋の暮
●此秋は何で年よる雲に鳥
●秋深き隣は何をする人ぞ
●旅に病(やん)で夢は枯野をかけ廻(めぐ)る
●物いへば唇寒し穐(あき)の風
現在人気のテレビの俳句番組であれこれ指導される技巧的なことを身に付けるよりも、芭蕉の一句一句をじっくり味わうほうがよっぽど勉強になるのではと、本書を読み終えて思いました。