松本清張のミューズは、新珠三千代だった・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3788)】
『松本清張の女たち』(酒井順子著、新潮社)は、松本清張の作品に登場する女性たちを多面的に考察しています。
作家としても人間としても清張を尊敬している私にとって、いろいろと勉強になりました。
●<新珠三千代のイリュージョンは、いつも私の頭に揺曳している。実をいうと、拙作『波の塔』の頼子でも、『ゼロの焦点』の禎子でも、また『霧の旗』の桐子でも、何んとなく新珠さんらしいイメージで書いたものである>とエッセイに書くほど、自他ともに認める新珠三千代ファン。新珠は、清張にとってのミューズ的な存在だった。芯が強く、清潔な魅力があると、清張は新珠を絶賛する。
●清張の小説において生き生きと輝く女性、それは「悪女」である。清張が描く悪女は、陰や陽、そして湿気をたっぷり湛えている。悪女は自身の欲望に自覚的。欲望に忠実に、言いたいことを言ってしたいことをする悪女が活躍する小説は、そのこってりした味わいが人気を集めてきた。当時、女性たちは結婚後、勤労意欲、金銭欲、性欲といった私欲を、表向きは捨てていた。そんな時代に清張は、金や地位を貪欲に追い求める女性や、自身の性欲に従う「悪女」を書いた。彼女たちは、普通の女性がしたくてもできないことを成し得ていたからこそ、一種の爽快さをもって、読者から受け入れられたのではないか。
●昭和の時代、男たちは皆、ホステスや芸者と遊び、そこで密かに進む仕事の話もあった。男性を描くためにも、水商売の女性を描かざるを得なかったのではないか。酒が飲めない清張は、取材のためにクラブやバーといった夜の世界へ行くことはあっても、そこで遊ぶことが好きだったわけではなかった。清張の担当編集者を長年にわたって務めた藤井康栄(女性)も、取材のためにその種の場所へ一緒に行く機会が度々あったそうだが、「清張さんは遊びを楽しむというよりも、女性たちの生態を観察していた」のだそう。
●藤井は、清張は編集者に対しても、男女の差なく接していたと語っている。清張は、小倉の朝日新聞社に勤務していた頃から、女性社員に人気があったようだ。
●芥川賞受賞後、社会派推理小説ブームが到来すると、清張の忙しさに拍車がかかる。その結果、書痙にかかったため、原稿は口述、清書されたものに加筆するという方法をとり、速記者・福岡隆を約9年間にわたって専属とした。口述をする時、目を閉じた清張の口からは、そのまま原稿になるような文章がすらすらと出てきたのだそう。
●清張は、文芸誌を開くと、一番に三島由紀夫を探して読んだ。