匿名性を隠れ蓑にした悪魔たちよ、心して本書を読め!・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3815)】
ワルナスビが咲いています。
閑話休題、『踊りつかれて』(塩田武士著、文藝春秋)を読み終えても、暫くはボーッとしていました。自分も作中の一人物のような重い気持ちから抜け出すのに時間がかかったのです。
「枯葉」と名乗る人物のブログ「踊りつかれて」に掲載された「宣戦布告」には、「よく聞け、匿名性で武装した卑怯者ども」と怒りがぶちまかれています。そして、「いい加減な記事で美月をたたいた週刊誌関係者、天童を水底に叩き落としていい気持ちになった第五権力のおまえたち。これから重罪認定した八十三人の氏名、年齢、住所、会社、学校、判明した個人情報の全てを公開していく」との宣言どおり、「犯罪者たち」では83人の詳細な個人情報ならびに彼らのYouTubeへの投稿内容が晒されているではありませんか。
不倫を報じられ、SNSで苛烈な誹謗中傷を受け、自ら死を選んだ人気お笑い芸人・天童ショージと、写真週刊誌のでっち上げと汚い挑発に乗ってしまい、人々の前から姿を消した、バブル期の華やかなりし芸能界を駆け抜けた伝説の歌姫・奥田美月に代わっての復讐戦が開始されたのです。
個人情報と、「天童の自殺現場で死者を笑い者にする」といった、えげつない投稿内容を暴露された者たちのみっともない周章狼狽ぶり!
「枯葉」による名誉棄損罪の刑事事件の弁護を依頼された女性イソ弁・久代奏(かなで)の情状酌量のための粘り強い材料集めの過程で、「枯葉」の、天童の、美月の人生が少しずつ明らかになっていきます。人生とは、なぜ、かくも惨いのか!
同時に、どろどろとした芸能界の内幕も白日の下に。
「人は『正しさ』のために怒りたがる。でも、芯のない『正しさ』は、人間の神経を麻痺させる。人を責めて蹴落とす快感、堕ちてゆく人間をせせら笑う優越感、自分は地に足がついているという肯定感。そんな胸焼けするような感情のパーツを寄せ集めてできたのが『正しさ』や」という言葉が胸に沁みます。匿名性を隠れ蓑にした悪魔たちよ、心して本書を読め!
そして、「男女を超え、人として深く結びつくことの尊さ。人生の中で心から認め合える人がいることの喜び」、「常に味方でいてくれる人がいる心強さは、何ものにも替えられん――」という一節に一抹の救いを感じるのは、私だけでしょうか。