主義に酔えず読書に酔えず酒に酔えず女に酔えず己の才智にも酔えぬ青年の物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3822)】
【読書の森 2025年9月9日号】
情熱的読書人間のないしょ話(3822)
白洲正子の随筆に触発されて、『何処へ・入り江のほとり』(正宗白鳥著、講談社文芸文庫)を手にしました。
本書に収められている『何処へ』は、明治後期の、己の将来像が描けず思い悩む27歳、独身の青年の物語です。主人公の菅沼健次は、帝国大学の文科を卒業後、支援者の推薦により中学教師となったものの3月ばかりで辞職し、現在は雑誌記者になっているが、この仕事が「厭で厭で溜らぬ」。父から将来を期待され、女性たちからは好意を寄せられ、周囲の人間とは問題なく付き合っているが、心中は常に揺れ動いています。「苦しめられようと泣かされようと、傷を受けて倒れようと、生命に満ちた生涯。自分はそれが欲しいのだ」。「彼れは主義に酔えず読書に酔えず、酒に酔えず、女に酔えず、己れの才智にも酔えぬ身を、独りで哀れに感じた」。
この健次の心境は、恐らく著者・正宗白鳥の心境そのものでしょう。自然主義小説の短篇として破綻なく仕上げられています。
27歳の時の私は、猛烈社員として夜討ち朝駆けで仕事に取り組んでいたなあ、と懐かしく思い出してしまいました。