榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

MRの辞書との上手な付き合い方・・・【MRのための読書論(24)】

【Monthlyミクス 2007年12月号】 MRのための読者論(24)

トヨタの「55点ルール」

ITが新車開発に深く入り込む中、トヨタでは外注ソフトを「55点ルール」で厳しく選別している。そのソフトの誤字・脱字の類の単純ミスの数が一定のレベルを超えると、その裏に重大な欠陥が隠れている虞が急速に高まるというデータに基づき、100点満点の55点に1点でも足りなければ、そのソフトは不合格というルールだ。

トヨタほどの厳しさは求められないにしても、MRも報告書・企画書、会議での発言・発表、得意先・上司・先輩との会話など、その国語力が問われる場面が意外に多い。辞書との上手な付き合い方を知っているMRと、知らないMRとの国語力の落差は想像以上に大きい。

国語辞典の選び方

誰にとっても使い易い辞書なんてありっこない。利用者の国語力のレヴェルや使用目的に合った辞書が、その人にとって最高の辞書だろう。それでは、MRにふさわしいのは、どの辞書なのか。「前書き」、「凡例」、「後書き」などを読むと、その辞書がどんな性格かだいたいの感触が掴めるものだ。さらに、特定の語を引き比べてみて、自分に一番しっくりくるものを選べばいい。

新聞やテレビで、よく引用される『広辞苑』(岩波書店)は、古語と百科事典的な項目が充実しているが、現代語については見出し語の選定と意味説明がそれほどいい出来とは思えない。辞書の代表格として長く君臨してきたが、国語学者の間では世間におけるほど評価されていない。

往年のベストセラー『新解さんの謎』(赤瀬川原平著、文藝春秋)で話題になった山田忠雄の『新明解国語辞典』(三省堂)は、独特な意味説明がよく話題にされるが、それを除けば全うな辞書である。試しに、この辞典で「恋愛」を引いてみると、「特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと」と説明されている。

私の場合、国語辞典は『岩波国語辞典・横組版』(岩波書店)と『明鏡国語辞典』(大修館書店)を会社と自宅の机上に置いて、しょっちゅう引いている。気になる語にぶつかった時は、人前だろうと、食事中だろうと、平気で辞書を引く。私にとって辞書は身近な家庭教師なのである。

『岩波国語辞典』は、意味説明が無駄のない案内図のようにすっきりしている。作家の井上ひさしが『本の枕草紙』(文春文庫)で「平易でよくわかり、歴史的遠近法による語注を用いておりその故に有効で、その上、日本語の造語法にまで利用者の注意を促す。ひとことでいえば、『立て付け』のよい解説」と評価している。他の辞書と見比べてみると、確かに「立て付け」がよい。一方、短所としては、意味説明がすっきりしている分、初級者には理解しにくい省略が散見される。

若者に人気の高い『明鏡国語辞典』は、「表記」や「表現」の解説が非常に役に立つ。ただし、若い世代を意識し過ぎたせいか、日本語の乱れ(『明鏡』は「新しい国語表記」と主張するだろうが)に寛容な姿勢が気になる。

漢和辞典は、ややこしい部首索引だけでなく、音訓(言葉の読み)でも引ける『大修館現代漢和辞典』(大修館書店)を薦めたい。

また、例えば、「上げる」、「挙げる」、「揚げる」など、言葉の微妙な使い分けを知ろうとする時には、『記者ハンドブック 新聞用字用語集』(共同通信社)が、心強い味方になってくれる。国語辞典とともに机上に備えておけば、鬼に金棒だ。

英語辞典の選び方

MRが英語文献を読むために必要な英和辞典としては、用例が適切で豊富な『ジーニアス英和辞典』(大修館書店)が最適だと思う。英英辞典としては、言葉の意味が基本語2000語で簡潔に説明されており、生きた用例が自慢の『ロングマン現代英英辞典』(桐原書店)が、英語力の向上をサポートしてくれる。