榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

インドの白内障手術を一変させたドクターVの奇跡の軌跡・・・【MRのための読書論(90)】

【Monthlyミクス 2013年6月号】 MRのための読書論(90)

感動のドキュメント

MR経験者の一人として、医療に関係する少しでも多くの人々に、この感動を伝えたい。『ビジョナリーであるということ――慈悲とビジネスをむすんだ奇跡の組織アラヴィンドの物語』(パヴィスラ・K・メータ、スキトラ・シェノイ著、矢羽野薫訳、ダイヤモンド社)は、最初のページから最終ページまで意外性と感動に満ちている。

ドクターVと呼ばれる男

手術を受ける機会を持たぬため、多くの人々が白内障で失明し、生活の道を閉ざされ、人間としての尊厳も奪われてしまうインドの状況を改善しようと、政府機関を定年退職した58歳の眼科外科医が立ち上がった。「ドクターV」と呼ばれるドヴィンダッパ・ヴェンカタスワミーである。リウマチ性関節炎で曲がった指を持つ男は、「西洋の下位中流層の多くがファストフードを買えるように、途上国の人にも手が届く白内障手術を提供するしくみをつくれるはずだ」と考え、借家で11床のアラヴィンド眼科診療所を開いたのだ。

失明が人々に、特に貧しい人々に負わせる苦しみに対する深い共感が、回避できるはずの失明の根絶という目標にドクターVを駆り立てる。彼が耐えて乗り越えてきた苦しみ、失明という問題に身を捧げると決めた情熱、そして人生の信念とする理想は、周囲を引き寄せる特別な魅力を彼に与えていたのである。

アラヴィンドの奇跡

失明という苦しみを世界から無くすための持続可能な答えを探りながら、ドクターVと創立チームは、眼科治療における「大量・高品質・低コスト」の公式に辿り着いた。ここから発展したモデルは、サーヴィスの無料提供に関する基本的な前提を覆すことになる。そして、ドクターVを筆頭とするアラヴィンド一族が総力を結集して、品質に対する情熱を進化させてきたのだ。アラヴィンドは、徹底した患者志向のアプローチを基に、自らの仕事の評価と標準化について透明性の高い型破りなシステムを築き上げたのである。

「大半の組織は目的を掲げながら、いざ運営となると目的とは異なる収益を追いかけます。私たちが学んできた大きな教訓のひとつは、目的を追いかけなければならないということ。それを情熱の中心に据え、あらゆる次元で持続可能なシステムを築くのです。そうすれは、収益はおのずとついてくるものです」と、ドクターVの愛弟子が語っている。ドクターVは、奉仕の精神と、失明を一掃しようという野心を、病院・医療というビジネスのベスト・プラクティスと結びつけ、大量かつ高品質かつ手頃な価格でサーヴィスを提供する手法によって、世界最大の規模と最高の生産性を誇る組織を練り上げる。この35年間にインド南部の5つの病院で3200万人以上を治療し、400万件以上の手術を行った。しかも、その大多数が、無料かごく僅かな自己負担で治療を受けた患者なのだ。このアラヴィンド・グループのケース・スタディは、ハーヴァード・ビジネススクールのMBA課程の必読教材となっている。

赤字にならない背景

高品質の手術を大量にこなすことは不可能だという常識を打ち破り、アラヴィンドの医師たちは世界的に見ても生産性が非常に高い。1人の外科医が担当する白内障手術は年平均2000件だ(これに対し、インド全体では400件、アメリカは200件未満)。価格構成や、無料と有料の患者数の比率、効果的な資源活用、業務の標準化といった広範囲に亘るイノヴェーションを積み重ねながら、アラヴィンドが実現している非常な低コストでありながら高品質の眼科治療が、この効率性を生み出しているのである。

さらに、世界規模で失明を一掃するという使命を実現するために、競争相手を教育し、アラヴィンドのモデルを導入する手助けをしている。自分たちに競争優位をもたらしたシステムそのものを、真似することを認めるだけでなく、真似するように奨励しているのだから、驚くではないか。

社会的な使命を掲げる組織が、外部の資金に頼らず、赤字を出すことなく、効率や規模、品質、範囲について妥協しなくても、運営が成り立つというこの驚くべき成功例には、本当に勇気づけられる。