榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

アメリカの大学生は、この生物学の教科書で学んでいる・・・【MRのための読書論(100)】

【Monthlyミクス2014年4月号】 MRのための読書論(100)

米大学生の教科書

MRが医師、薬剤師のパートナーを目指そうとするとき、生物学の勉強は欠かせない。マサチューセッツ工科大学を初めとするアメリカの大学の教養課程の生物学の教科書として最も高い評価を得ているのが、『LIFE』(第8版)全57巻である。そのうちの「細胞生物学」「分子遺伝学」「分子生物学」の分野を抽出して翻訳した『カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書』(D・サダヴァ他著、石崎泰樹・丸山敬訳、講談社・ブルーバックス、全3巻)は、3つの点で素晴らしい。

第1に、出版時点の最新情報・知識もきちんと盛り込まれていること、第2に、文章が堅苦しくないので、レヴェルの高い内容でも親しみが感じられること、第3に、豊富なカラーの美しいイラスト、図、写真が理解を手助けしてくれること――である。原著の執筆陣と日本の翻訳者の、最高の教科書を作ろうという熱い思いがびんびん伝わってくる。

分子遺伝学と分子生物学

第1巻で基礎的な細胞生物学を身に付け、第2巻では、今日の生物学を支えている分子遺伝学――染色体と細胞分裂、メンデル遺伝学、DNAの構造と複製、DNAを基にタンパク質が合成される過程、遺伝子発現制御、ウイルス・細菌の遺伝学――を、そして、第3巻では、それらの知識の応用と発展を踏まえた分子生物学――シグナル伝達、組み換えDNA技術とそれによって爆発的に発展したバイオテクノロジーとゲノム・プロジェクト、免疫の仕組み、発生と分化、個体の発生と進化の関係など――を学ぶことができる。残念ながらエピジェネティクスやiPS細胞などは記載されていないが、この教科書で学んだ者なら容易に理解することができるだろう。

癌とは何か

例えば、第3巻の「癌とは何か?」は、このように解説されている。「癌はそれが由来する正常細胞とは大きく2点で異なる」として、「癌細胞は細胞分裂の制御を失っている」と「癌細胞は別の組織に拡散する」を挙げている。「一部の癌はウイルスが原因である」が、「多くの癌の原因は遺伝子変異である」。そして、「2種類の遺伝子が多くの癌で変異している」として、「ヒトのゲノムには、細胞分裂を促進する『癌遺伝子』<アクセルを踏む遺伝子>と細胞分裂を抑制する『癌抑制遺伝子』<ブレーキを踏む遺伝子>が存在する」。さらに、詳しい説明が続く。「1971年、アルフレッド・クヌッドソンは、正常では細胞分裂を抑制している『ブレーキ』の遺伝子(癌抑制遺伝子)が存在し、癌ではそれが不活性化していると予想した。対立遺伝子の1個でも変異すると活性化されて発癌をもたらす癌遺伝子とは異なり、癌抑制遺伝子の場合には、対立遺伝子の両者が不活性化される。したがって、発癌にはまれな変異が2回生じなければならない。遺伝性癌患者の場合には、癌抑制遺伝子の対立遺伝子の1つが遺伝的に変異していると考える。そうであれば、正常な1個に変異が生じれば癌抑制遺伝子は完全に機能を失い、発癌することになる」。「数多くの癌遺伝子と癌抑制遺伝子が存在し、ある細胞である特定の時間にのみ機能する。細胞の癌化にはアクセルペダルの変異とブレーキペダルの変異の両者が必要なのである。発癌するためには3つ以上の遺伝子変異が必要とされる。自発的突然変異だけではなく、天然あるいは人工発癌物質にさらされながら、何年もかかって変異が集積しているのである」。
 

ヒト・ゲノムの衝撃

「ヒトゲノムの塩基配列から驚愕の事実が多数明らかになった」の項では、興味深い7つの事実が挙げられている。そして、「ヒトゲノム塩基配列の応用は無限である」、「ヒトゲノムDNAの塩基配列とその決定のために開発された技術は生物学にさまざまな観点から革命をもたらしている」。具体的には、ヒト遺伝子のポジショナル・クローニング(染色体上の遺伝子の位置を決める方法)、薬理遺伝学(ファーマコゲノミクス)、DNAチップ、ゲノム予想(ヒトのある集団に特徴的な多型を特定すること)――などだ。「これらの知識すべての最終的な結果は、医療の新しいアプローチとなろう。各個人のゲノム情報は、その遺伝的能力を最大限に高めるよう(さまざまな疾患の発症を最小限にするように)、駆使されることであろう」と予測している。