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『貞観政要』は、本当に、世界最高のリーダー論なのか・・・【MRのための読書論(171)】

【ミクスOnline 2020年3月25日号】 MRのための読書論(171)

世界最高のリーダー論

著者の出口治明は、40年以上に亘り拳々服膺してきただけあって、『貞観政要』を自家薬籠中の物としている。その成果が、『座右の書<貞観政要>――中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」』(出口治明著、角川新書)に凝縮しているので、リーダーはどうあるべきか、多くのヒントを得ることができる。

『貞観政要』は、名君の誉れが高い、唐の第2代皇帝・太宗(李世民)と臣下たちの対話を詳細に記録したものである。

5つの要諦

組織のマネジメントを考える上で、『貞観政要』から学ぶべき要諦として、著者は5つを挙げている。
①組織はリーダーの器以上のことは何一つできない。
②リーダーは、自分にとって都合の悪いことをいってくれる部下をそばに置くべきである。
③臣下(部下)は、茶坊主になってはならない。上司におもねってはならない。
④君(=君主、リーダー)は舟なり、人(=人民、部下)は水なり。水はよく舟を載せ、またよく舟を覆す(『荀子』)。
⑤リーダーは常に勉強し続けなければいけない。

リーダーの器

驚くべきことに、著者は、「リーダーは『器』を大きくしようとせずに、中身を捨てなさい」とアドヴァイスしている。「僕は、『どんな組織も、上に立つ人の器以上のことはできない』と考えています。歴史を学ぶとそのことがよくわかります。では、上に立つ人が器を大きくすれば組織は強くなるのかといえば、そうではありません。そもそも、人の器のおよその容量は決まっていて、簡単に大きくすることはできないからです。・・・基本的に、自分の器を大きくすることはできません。しかし、器が大きくならなくても、自分の器の容量を増やす方法はあります。それは、器の中身を捨てることです。器に入っているものを全部捨てて、空っぽの状態に戻すことは、優れた人ならできると思っています。いい換えれば、自分の好みや価値観など、こだわっている部分をすべて消してしまうのです。・・・太宗が部下の諫言を受け入れられたのは、器を無にすることができたからです。自分が今まで持っていた価値観を捨てたのは、新しい価値観を受け入れるためだったのです」。

「自分がされたくないことは、相手にもしない。これが上に立つ人の最低限のルールです。上に立つ人は、それくらいの自制心を持つべきです」。

部下の諫言

「魏徴は太宗のためを思い、心から直言しています。これには相当な覚悟が必要です。直言の中には厳しい批判もありましたから、君主に権限の感覚や秩序の感覚がなければ、魏徴は、打ち首になっていたかもしれません。しかし、太宗のほうも一歩引いて、魏徴のいうことをよく理解して、率直に従いました。原石が宝石になるには、磨く側の力量はもとより、磨かれる側の覚悟も必要です。太宗には、直言を受け入れる、その覚悟がありました。そして魏徴は、太宗に部下の指摘を受け入れる覚悟があることがわかっていたからこそ、心おきなく直言することができたのです」。

「部下は、上司の表情を観察しています。上司が不機嫌な表情をしていると、部下は寄ってこないので、情報が入ってこなくなります。情報が入ってこなければ、正しい意思決定を行うことはできません。だから上司は、部下が話しかけやすいように、鏡を見て、いつも元気で、明るく、楽しそうに、ニコニコ笑っていなければいけないのです。では、怒りや好き嫌いといった感情を抑え、元気で、明るく、楽しそうに振る舞うためには、どうしたらいいでしょうか。僕の経験上、いちばん大切なのは、毎日の体調管理をしっかりすることだと思います。体調が悪いと精神状態が荒れやすく、人間は不愉快になります」。

時間軸

「リーダーが物事を考えるときは、時間軸の概念を取り入れることが大切です。目先の利益ばかりを追求すると、長期的な利益を失うことが多々あるからです。『貞観政要』にも、目の前にある小さな利益に目がくらむことの愚かさを説くくだりがあります」。

清濁

「相手が善人でも悪人でも、分け隔てなく受け入れる度量を持つことを一般に『清濁併せ呑む』といいますが、『貞観政要』の中でも、リーダーは清濁併せ呑む人物でなければならないことが示唆されています」。

人物を大きくする3要素

「劉洎は、皇太子が『読書をしていない』『文章の書き方を学んでいない』『人との交流が足りない』と指摘しています。劉洎の指摘は、見方を変えると、人の成長には、『①読書』『②文章』『③人との交流』が不可欠であるということです」。「僕が若い人に、フェイスブックやブログなどで情報発信をすることを勧めているのは、文章を書くことで、自分の考えや情報を整理することができるからです」。

信頼

「部下を信用しない上司は、部下からも信用されません。上司を信用できないと感じた部下が、上司に対して誠実に振る舞うことはありません。『職場や上司の信頼を得たいなら、信頼されるだけの実績を上げてからモノをいえ』と考える人もいますが、その考えは違うのではないかと僕は思います。『おまえのことを信頼して任せるから、実績を上げてほしい』と伝えるのが正しいのではないでしょうか」。

仕事

「仕事はせいぜい人生の3割程度のものだと位置付けることができたら、気が楽になります。仕事が人生のすべてであると思っていると、上司に嫌われたくない、ミスはできないと臆病になってしまいます。けれど、仕事はどうでもいいという認識を持つことができれば、余計なことを考えず、正しいことが主張できるはずです。『怒られても、反対されても、命まで取られるわけではないから、自分の意見をきちんといおう』と思えるのではないでしょうか。結果として、いい仕事ができるのです」。

本書は、上司にとっても部下にとっても、必読の一冊である。