榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

野中広務という政治家に私が惹かれた理由が、本書で明らかになった・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1404)】

久しぶりに、東京・新橋~銀座~京橋の街歩きを楽しみました。途中、銀座の絵画展で友人の作品を、京橋の写真展で友人の作品を鑑賞しました。因みに、本日の歩数は16,584でした。

閑話休題、野中広務という政治家の発言、行動を好ましく思ってきたが、『影の総理」と呼ばれた男――野中広務 権力闘争の論理』(菊池正史著、講談社現代新書)を今回読んで、その理由が明らかになりました。

その第1は、野中が何よりも平和を愛し、我が国が再び戦争をする国になってはいけないという強固な信念を持ち、その信念に基づき積極的に行動したこと。

「戦争の記憶を語り継ぐこと。そして、二度と戦争をしない、させない政治を行うこと。これは野中が生涯貫き通した信念だった。そして野中は、戦争で傷つき、犠牲となった人々への思いを忘れることは片時もなかった」。

「『守るべきものは、やはり平和であり、そして反戦であり、そして国民を中産階級の国民にしていくということではないでしょうか』。この(野中の)言葉には、戦後保守の精神が凝縮されている」。

「『俺は戦争で死なずに帰ってきて、死んでいった同じ年くらいの人たちに、申し訳ないなあと、いまだに思うんだ』」。

「『(議員は辞めたが)私もまだまだ自分の命を引き換えにして、日本の将来の子供たちに、再び戦争の惨禍が及ばないための努力を、命をかけて、やってまいりたい』」。

第2は、被差別部落出身という出自を隠すことがなかったこと。差別撤廃に向けて闘い、弱者のために奮闘したこと。

「野中は、憚ることなく出自を公言した。差別撤廃は、野中の政治人生をかけた大きなテーマだ。しかし政治家の情熱は、時に厳しい現実に直面する。野中が差別問題に真剣に取り組み、世間が注目すればするほど、敵の攻撃の矛先、世間の中傷は、野中の愛する家族に対して向けられるようになった」。

「『生まれたくて生まれてきたわけではない土地に、そんな土地に生まれてきたばっかりに、人間として差別されなくてはならない人たちに対して、私は<俺を見ろよ>という思いなんだ。真面目に仕事をすれば、人は選挙で自分の名前を書いてくれるではないか、と。信頼を得て自信を持って欲しい。真面目にやって欲しい。僕の生き様を、そういう地域の若者に植えつけたいというのが願いだった』」。

「野中の政治が弱者への視線を失うことがなかったことも、『野中人気』の大きな要因だったと思う」。

「沖縄への視線も同じだった。・・・『戦争の悲しさ、日本がやった戦争の多くの傷跡、これを知っておる人が次々と亡くなっています。・・・他国に自衛隊を送って、世界の紛争に日本も参加すべきだということをおおらかに議論できる人々が増えてきました。こういう人を保守と呼ぶのは、私は非常に嫌いなんです』」。

第3は、政治家として、自分が正しいと信じる政策を実現するには、力を持つ必要があることを認識しており、そのための権力闘争を厭わなかったこと。

「価値観を共有できない人間に対する野中の攻撃は熾烈を極めた。権力闘争を巡る権謀術数、政敵の急所を突く攻撃は群を抜いて激しかった」。

「『君(政治記者)らの向こうには国民がいる』。野中はそう言って、毎日続く我々の『夜討ち朝駆け』に誠実に付き合った」。

「野中は、記者に限らず、官僚や組合、各種団体、企業関係者などにも、丁寧かつ対等に接し、威張ることがなかった。権力の階段を上がっても、その姿勢は変わらず、どの業界でも『野中人気』は高かった」。

「『野中さんの政治家としての手腕は群を抜いていた。それは誰もが認めていた。野中さんの魅力は、人の心を打つ言葉にあった。それは単なる雄弁ではなくて、長い苦労を重ねた人生から、心の奥底からほとばしるようなものだ。決して論理的ではないが、心に響く言葉だった』」。

「野中は凄まじい執念をもって権力闘争に臨むが、掌握した権力には非常に淡白だ。官房長官は1年2ヵ月、幹事長はわずか8ヵ月で辞めた。それぞれ、自ら辞任を申し出ている」。

「『野中さんの政治には人の命、生活を大事にするヒューマニズムが底流にある。人間の命の営みは、国の片隅や、小さな生活の中にあることを知っていた。そこで、差別される人の痛み、貧しいものの苦しみ、少数者の悲しみを理解し、そうした悲哀を深くくみ取ろうとする生き方でした。そのために、予算も使い、利権も使ったんですね』」。

「(野中が議員バッジを外したのは)戦後保守の『屋台骨』が狂い、一つの時代が終わり、新たな政治のなかで生きることを潔しとしなかったということだろう」。

本書のおかげで、現在、我が物顔で跋扈している保守政治家とは一線を画する、野中という保守政治家の素晴らしさを再認識することができました。