青春っていいな、結婚っていいな、そして、小説っていいな・・・【山椒読書論(55)】
久しぶりに、青春っていいな、結婚っていいな、と思わせる小説に巡り合った。
『陽だまりの彼女』(越谷オサム著、新潮文庫)は、交通広告代理店に入社3年目の僕(奥田浩介)が、新規クライアントの応接室で、中学時代の同級生・渡来真緒(わたらい・まお)に偶然、10年ぶりに再会するシーンから始まる。
中学時代は劣等生でいじめられっ子だった真緒が、美しく、しかも仕事のできるキャリア・ウーマンに成長して出現したことに、浩介はびっくりする。共同して担当することになった新規プロジェクトの成功に向けて、企画力、折衝力に辣腕を振るい、テキパキと仕事を進めていく真緒に目を瞠るばかりだ。
中学時代を通じて、いじめられっ子だった真緒を常にかばい続けた浩介と、浩介に助けられたことを忘れずに、感謝の思いを抱き続けてきた真緒の間に、大人の愛が芽生えたのも当然の展開と言えるだろう。そして、二人は駆け落ちし、結婚してしまう。
――困ったような笑顔を浮かべてからもう一度顔を寄せ、真緒はそっと囁いた。「あのね、私、あなたと結婚してよかった」。
――住む所はどこだっていいのだ。通勤に2時間かかったとしてもかまわない。大事なのは、そばに真緒がいてくれることだ。
――実際に一緒に暮らしてみると新たな発見がいろいろとあって興味深い。彼女には機嫌がいいと鼻唄を歌う癖があって、しかもレパートリーは1曲のみ、というのも結婚後に知ったことのひとつだ。
――真緒と結婚してよかった。話していても黙っていても、真緒といるだけで心が満たされる。毎晩マンションに帰るのが楽しみでしかたがない。だから悔いなど、一緒になってからというもの一瞬たりとも感じたことはない。
――「うん。でも、無理はしないでね。私は家でゴロゴロしてるだけでも幸せなんだから」。
――的確な助言が得られるわけではない。前向きな言葉でハッパをかけてくれるわけでもない。それでも、真緒の顔を見たい。僕たちの部屋に真緒がいて、いつものように言葉を交わすだけでいい。どんなにくさくさした気持ちでいても、僕はそれだけで救われる。
――この不思議で愛しい妻を、おもいきり抱きすくめてやりたい。
――真緒と一緒にいると、飽きるということがない。
しかし、この関係に、突然、終わりが訪れる。
――真緒がいないのなら、働くことや物を買うこと、食べること、眠ること、怒ったり笑ったりすることにも意味はない。
――真緒の何もかもが恋しい。おだやかなようでいて常に何かを企んでいるような眼差し。耳をくすぐるような甘い声。仰向けになると膨らみがほとんどなくなってしまう乳房。背中をこすりつけて甘える癖。気まぐれぶりも融通の利かなさも、すべてが恋しい。
本当に久しぶりに、小説っていいな、と思える作品に出会えた幸福感に、私は浸されている。