辻邦生ファンには見逃せない一冊・・・【山椒読書論(2)】
【amazon 『「たえず書く人」辻邦生と暮らして』 カスタマーレビュー 2012年1月23日】
山椒読書論(2)
『「たえず書く人」辻邦生と暮らして』(辻佐保子著、中公文庫)は、辻邦生ファンには見逃せない一冊である。
辻邦生は、私の最も好きな日本の現代作家であるが、中でも『雲の宴』『フーシェ革命暦』『ある生涯の七つの場所』が気に入っている。
辻邦生の夫人・辻佐保子の手に成るこの本は、夫の没後、『辻邦生全集』(全20巻)の月報に連載した文章をまとめたものだが、半世紀を共にし、創作の現場に立ち会った夫人が最愛の人を偲びながら綴っただけあって、辻邦生の創作の神秘や秘密――「それぞれの作品の着想に始まり、執筆段階での試行錯誤や、次作にむけての軌道修正など」――を垣間見ることができる。
ファンにとってはこれだけでも嬉しいのに、端正な文章、端整な風貌の辻邦生が意外とお茶目な面も持っていたことが分かり、得した気分になってしまった。例えば――「うちでは、『背教者ユリアヌス』を『ユリちゃん』、『春の戴冠』を『ボチ(画家・ボッティチェルリの意)くん』と呼んでいた。『ユリちゃん』ばかり文庫版増刷の通知が届くため、『かわいそうなボチくん』と言うのが口癖だった」。