やはり、共生したウイルスがヒトを進化させてきたのだ・・・【山椒読書論(217)】
27年前に旧知の医師・中原英臣が『ヒトはなぜ進化するのか――ダーウィンの適者生存説を覆す』(中原英臣・佐川峻著、泰流社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)で唱えた「ウイルスがヒトを進化させた」という大胆な仮説に出会った時、私は強烈な衝撃を受けたが、当時の学界はこの仮説を完全無視するという態度に終始した。そして、この本の私の書評「ウイルスが遺伝子を運び、生物を進化させたという仮説」に対して、「非正統的な妄説を支持するのか」という怒りの手紙が何通か寄せられたのである。
進化生物学者・医師のフランク・ライアンが『破壊する創造者――ウイルスがヒトを進化させた』(フランク・ライアン著、夏目大訳、早川書房)で、最新の研究成果に基づきウイルス進化説を主張していることを知り、漸くこの学説もここまできたかと嬉しさが込み上げてきた。
ライアンは、ダーウィンの自然選択説を高く評価する一方で、その弱点を指摘している。「選択が起きるためには、まず何か、子孫に遺伝し得るような変化が必要である。・・・その変化がなぜ、どのように起きるのかがダーウィンにはわからなかったのだ。現在では、この変化は、遺伝子、ゲノムの変化であるとわかっている。しかし、当時は遺伝の仕組みがまったく解明されていなかったため、ダーウィンは行き詰まってしまった」。
「攻撃的共生の初期段階では、外来性ウイルスと宿主は激しく傷つけ合う関係になり、宿主の『感染症淘汰』が起こる。だが、やがて、ゲノム全体の融合が起こり、ついには互いに助け合うパートナーの関係になるのだ」。つまり、鳥インフルエンザやAIDSのウイルスも、同様に、やがてはヒトにとって無害な存在になるというのである。
「(入り込んだウイルスと宿主の)ゲノムの融合により、新たな生物が誕生した、と考えることもできるのだ。この新たな生物は、それまでとは違う遺伝子を子孫に伝えていくことになる。ウイルスのゲノムと宿主のゲノムを合わせてできた新しいゲノムを伝えるのだ。・・・2つが組み合わさったことで、宿主のゲノムのはたらきがそれ以前とは変わってしまうからだ。ウイルスのゲノムは、元々、宿主のゲノムを制御、操作する能力を持っている。だとすれば、2つの組み合わせは、単純な足し算よりも、進化的に見てはるかに『創造力豊か』なものであると言える」。共生する生物が互いに影響を与え合うことで、両者から新種が生じるというのだ。
ゲノムが融合するということを理解するには、ウイルスとの融合ではないが、ミトコンドリアの例が参考になる。「ミトコンドリアはかつて、酸素呼吸をする細菌、『好気性細菌』だった。その細菌が10億年以上前に、共生していた『プロチスト(原生生物)』という単細胞の真核生物と融合して、新たな1つの生物となった。・・・この時生まれた新たな生物が、現在、地球上に生息するすべての動物、植物、菌類、そして酸素呼吸をする原生動物の祖先となったのだ」。
「ヒトゲノム内に入り込んだウイルスの成分が、もはや以前のように『単なるガラクタ』として無視されることはない。このことは、1930年代に生まれた『突然変異+自然選択』を基礎とする総合説で説明しきれない進化が実際には起きていることを意味する。『共生による進化』という考えが急速に重要性を増しているということだ」。
著者は、「共生発生、突然変異、自然選択、それにエピジェネティクスを加えた、進化の推進力に関連する4つの分野について最新の研究成果を調べ、それを組み合わせることが私の仕事だ」と宣言している。近年は、この4つに異種交配を加えた5つが重要という考え方が勢いを増している。また、「現代の進化遺伝学の知見を医学、特に遺伝医学にどう応用できるか、ということについてあれこれ書いてきた。最先端技術を駆使して研究を進める分子遺伝学の知見もやはり同じように医学に広く応用ができる。医学の中でも特に関係が深いのは、臨床遺伝学の分野だろう」と、今後を見通している。
「ウイルスたちは、常に人間とともに生きている。時に人間に害を及ぼし、死に至らしめることもあるウイルスだが、そのウイルスの存在なしに人間は生きていけないようだ。そして、そもそもウイルスがいなければ人間という生物が生まれることもなかったかもしれない。まさに『破壊する創造者』である。文字通り、破壊もすれば創造もする。ウイルスが破壊者になるか創造者になるかは、宿主となる生物との相互作用で決まるから、なかなか予測はできない。生物は皆、そんなウイルスと『共生』している」という「訳者あとがき」は、この書のポイントを端的に表している。