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夫婦仲がぎくしゃくし出した二人のためのケース・メソッド・・・【山椒読書論(551)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年5月3日号】 山椒読書論(551)

ビジネス・スクールでは、ケース・メソッド(事例研究)という手法が授業の中心となっているが、夫婦仲がぎくしゃくし出した二人のためのケース・メソッドのような小説がある。

短篇集『停電の夜に』(ジュンパ・ラヒリ著、小川高義訳、新潮文庫)に収められている『停電の夜に』は、結婚して3年の夫35歳、妻33歳のインド系アメリカ人夫婦の物語である。

半年前、シュクマールの学会出張中にショーバが死産してしまって以来、夫婦仲がぎくしゃくして、気詰まりな生活を送っている。そんな彼らに、5日間だけ午後8時から1時間停電になるという通知がもたらされる。

ショーバの提案で、停電中、ロウソクのもとで、今まで相手に隠してきたことを言い合うことになる。「もうロウソクは消えていたが、暗闇にいる彼女の顔が見えるようだった。大きな上がりぎみの目、ふっくらした唇はブドウ色。顎にぽつんと見えるのは、二歳のとき子供用の椅子から落ちたあと。かつては夢中になった容貌だが、日ごとに衰えていくような、と彼は思った。まるで余計だった化粧が、いまでは不可欠になっている。よく見せるというよりは、それでようやく出来上がるようなものだった」。

「どういう具合か、はっきり言ったわけでもないが、決まりごとのようになった。双方から打ち明け話をするのだ。相手を、または自分自身を、傷つけたり傷ついたりしたような、ちょっとしたことを白状する」。

「停電の夜は特別な夜になった。ものが言えるようになったのだ。三日目の晩には、夕食のあとソファに坐っていていざ暗くなると、彼は妻の額に、顔全体に、へたなキスを始めた。暗いけれども目をつぶった。彼女もそうしているとわかった。四日目には、そうっと二階の部屋へあがり、ベッドへ行った。階段の一番上では、上りきったかどうか足をそろえるようにしてさぐった。とうに忘れていたことを思い出したように、この夜はがむしゃらに体を重ねた。彼女は声をたてずに泣いて、彼の名を小さく口にしては、暗闇のなか、指で彼の眉をなぞった。交わりのさなかに、あすの晩は何を言おうか、何を言われるだろうか、と彼は考えていて、それでまた欲望をそそられた」。

停電期間が終わり、もう夫婦の危機は越えたと思っていたのに、ショーバが、何と、別れ話を持ち出してきたのである。そこで、シュクマールは、死んで生まれたのは男の子だったと告げる。「うしろの部屋が急に暗くなった。振り向けば、ショーバが電気を消したのだった。彼女はテーブルにもどった。ひと呼吸おいてシュクマールも坐った。二人で泣いた。知ってしまったことに泣けた」と、物語は結ばれている。

夫婦仲がぎくしゃくしているあなたたちだったら、この後、どうする?――と、著者は問いかけているのだろう。