今、生き辛さを感じている人、その周囲の人たちに薦めたい一冊・・・【山椒読書論(811)】
『遅咲きの桜』(齋藤淳子著、文芸社)は、他に類を見ない成長小説+医療小説である。
主人公の香織は、強権的な母と無気力な父に育てられ、ストレスに苛まされ続ける。30歳の時、HSPと診断される。HSPはハイリーセンシティブパーソンの略である。親友で心理カウンセラーの有紀が香織の夫・泰彦にこう説明する。「『HSPというのは<非常に感受性が強く敏感な人>という気質。病気でもなく障害でもないカテゴリーってことね。それにひとつの用語を使うだけでその病状をしっかり理解できる助けになると私は思っている。<あなたの神経は繊細で過敏です>と言われるのと<あなたはHSPだから繊細で過敏です>と言われるのとでは受け取る人の意識も変わると思うのよ』。『確かにそうだな。三木先生にも有紀にもほかの人からも、香織は繊細だとか過敏だとか言われてきたけど、有紀がHSPの本をくれなかったら俺はそこまで深く香織のことを認識できなかったのは事実だ』」。
その上、香織は、有紀にも泰彦にも内緒にしている秘密を抱えているのである。音大4年生の時、有紀の父と不倫関係にあった過去があるのだ。「それからの二人は禁断の愛を求め合う男女として愛を紡ぐことになった。この世がこれほどの喜びに満ち溢れるものなのかと喜ぶ香織は祐一朗を求め、歯止めをなくした祐一朗はこれほどにと思うぐらい香織に愛を注いだ。惜しみない愛を互いが貪るように確かめ幸せに酔う間に十一月が過ぎ、クリスマスには愛し合うようになって二ヶ月が経過していた。そこからは香織の音大卒業試験に相当する一月末の公開卒業試験で練習に明け暮れる日々が始まり二人は逢瀬を止めた。『この試験さえ終われば、また祐一朗さんと一緒に過ごしたい』。そう言う香織に、『そうだね』。電話口で返答をする祐一朗は苦渋の決断で香織を突き離そうと考えていた」。
香織は周りの人たちの助けを得て、症状が徐々に改善していく。「有紀や泰彦、美里の力もあっての今だとも強く感じた。彼らがいなかったら今の自分は存在すらないだろう。彼らの愛を礎にしての自分だと香織は改めて思った。そして今まで何度泣いただろうか。痛かったり、苦しかったり、寂しかったり、そして嬉しかったり、幾度も泣いた。だけど今、こんなに心が解放され手足に付けられていた鉄の錘(おもり)が一気に外れたような感触を感じるとは。『斎藤君、これこそが困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力のレジリエンスなんじゃないのかな。レジリエンスの意味の中の<しなやかな強さ>はピアノと共に生きてきたから持てた強さなんじゃないのかな。いろんなことがあった。この世は地獄だと思っていた。だけど、周りに救われ、愛されていたことに気がつかなかったのは私だった。私は母さんを愛していた。そう、愛していたの』」。
香織は夫婦の危機も乗り越え、周りの人々ともいい関係を築いていく。「香織は楽しくなってきた。色んな人に愛され、色んな人を愛し。大切にする。こんな幸せがある。慈しめる人々が一番の宝物だと思った」。
今、生き辛さを感じている人、その周囲の人たちに薦めたい一冊である。