なかなかにとぼけのすべも覚ええず老いおくれいて金魚みている・・・【山椒読書論(834)】
『加藤克巳の百首――生きていることの実感』(久々湊盈子著、ふらんす堂)のおかげで、加藤克巳という歌人を知り、その独特の短歌を知ることができました。
●まつ白い腕が空からのびてくる抜かれゆく脳髄のけさの快感
●ひるひなかさけのんでゐるひねくれた骨たたきつつさけのでゐる
●焦燥と苦慮の幾年か今病みて病院の一室にうるみがちでゐる
●石一つ叡知のごとくだまりたる雨のまつだだ中にああ光るのみ
●永遠は三角耳をふるわせて光にのって走りつづける
●かん馬一瞬ハガネをけってぎんぎらの朝の世界へ飛び出してゆく
●樹氷きららのなだれのはての海のはての空のはたてのきららのきらら
●白日下変電所森閑碍子無数縦走横結点々虚実
●カットグラスノキラメクハエスプリノハナアタラシキアキカゼデアル
●うもれんか雪に泉のかそかなる春あかつきの音のくぐもり
●絶対という奴につかまっちまった証拠かこれが 骨片ひと山
●天球にぶらさがりいる人間のつまさきほそいかなしみである
●青やかに夢野がひらけ現在と過去のはざまに水の音する
●日はのぼり日はまた沈むいつのときもわれに凛たり心の一樹
●石を洗うごしごし洗うたましいをごしごし洗う朝早く起き
●なかなかにとぼけのすべも覚ええず老いおくれいて金魚みている
●こせつかずおおらかで且つ堂々と自然体やよし単純やよし
●いとじりを撫でたりするなまだ早い老いぶるなんておかしいではないか
●かなしむななげくな今日が過ぎ去れば必ず明日がやってくるのだ
●蚯蚓のたわごと 蝉のぬけがら しょぼくれ男 なにはともあれ生きねばならぬ
●悲しい時は悲しめ淋しい時はさびしめと仏さまがおっしゃったではないか
●悲しみのあとにはかならずよろこびがよろこびのあとにはかならず悲しみがくるかくてくりかえしくりかえしつつ老いゆくわれか